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本を通じて〝憧れのあの人〟に会いに行く――ハナコ・秋山寛貴の愛読書

ところで、好きな本は何ですか? vol.1

脚本やイラストなど、お笑い以外の世界でも活躍の場を広げているハナコ・秋山寛貴さん。
一体どんな本を読んできたのか、その遍歴を綴っていただきました!

 この世にある本の量を大海とするならば、僕が読んだ本の数はすずめの涙……いや、ししゃものくしゃみで飛び散るつばほどしかないがどうか聞いてほしい。

 読書遍歴から紹介すべく記憶をさかのぼると、最初に読書にハマったのは小学生の頃読んだ『かいぞくポケット』。中学高校時代は続々と新刊が出ていた『ハリー・ポッター』シリーズを読んだり、その時々気になった小説をちらほらと読んでいた。父に薦められた星新一ほししんいちにハマったりもした。

 高校を卒業し、お笑い芸人になってから読むことが増えたのは芸人が書いた本だ。

 松本人志まつもとひとし千原ちはらジュニア、劇団げきだんひとり、つぶやきシロー、山里亮太やまさとりようた若林正恭わかばやしまさやす小林賢太郎こばやしけんたろう……。

 一人暮らしの本棚には芸人の名前ばかり並んでいた。

 こう書いていて恥ずかしい。自分もお笑い芸人の端くれ、面白い芸人の本棚とはもっと様々な好奇心に溢れて豊かなはずである。これでは教養不足丸出しの、ただただファン心で本を選ぶ一人のお笑いオタクだ。バナナマンさんが表紙の『クイック・ジャパン』もいまだにとってあったりする。ブラックマヨネーズさんなどが出ていた時代のM-1特集の雑誌や、どこかに藤崎ふじさきマーケットさんが表紙の『マンスリーよしもと』もあったはず。恥ずかしい。なぜ書く。この辺にしとこう。

 幸せなことにお笑い芸人としての仕事が増えてくると、本棚に並んでいた人達に会える機会が訪れるようになった。その瞬間の嬉しさたるや。だが、初めてご挨拶させて頂いた時は「ハナコの秋山あきやまと申します。よろしくお願いします!」の後に「本、読んでます!!」が浮かぶものの発せられずに消えていた。

 「読んでいた人に会えた」
こんな贅沢なことはないが、逆の流れで本を読んだこともある。

 事務所の先輩である中山秀征なかやまひでゆきさん主催の「志村しむらけんさんの誕生日パーティー」では、ヒデさんのはからいで招かれた若手芸人によるネタ披露が恒例になっていた。キングオブコント優勝の翌年の2019年、ハナコもそこでネタをやらせてもらい、その会に参加されていたたくさんの方にコントを見て頂いた。もちろん志村けんさんも見ているわけで、初めてお会いできた上にコントまで見てもらえたことに胸が高鳴っていた。出番を終え各々卓に分かれて自由に過ごしていた時、僕の向かいの空いていた席にふと誰かが腰掛けたので、そちらを見ると志村けんさんが座っていた。
 
 そう志村けんが座っていた。
 
 突然のことにあわあわと口にしていたかもしれないほどあわあわしたが、志村さんは優しくお話をして下さった。会場にたくさんの関係者やご友人がいる中で、わざわざその日初めて会った若手芸人の僕たちの席に来て下さった、その時間を作って下さった心に一瞬で惚れてしまった。披露したネタの感想を伝えてくれたり、お笑いの話や、アダルトなトークも。時間にして15分ほどだろうか。もっと長く話して頂いたのかもしれないが、夢見心地であっという間に過ぎ去った時間だった。誰かに呼ばれ、志村さんは席を離れていった。

 「話せた」ということがとにかく幸せなのだが、それ以上に僕にはその場で涙をこぼしてしまいそうなほど嬉しかったことがある。
 
 志村さんは「コントが好きそう」だったのだ。

 お話しできた短い時間でも、その口ぶりや表情から「あぁこの人本当にコントが好きなんだ」と伝わってきた。それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。僕もコントが好きだが、芸人仲間と喋っていてもそれを出しすぎるのが恥ずかしく思えてしまう時がある。鬱陶うつとうしがられるんじゃないだろうか、オタクすぎるのも寒いんじゃないだろうかと。でも、その時の志村さんに「好きでいていいんだよ」と教えてもらえたように勝手に思っている。

 その後、志村さんがやられていた深夜番組に出演が決まり、ハナコのネタをまた見てもらえた。トークも少し収録し、そこでも志村さんは「ライブのお客さんが一度にドッとウケた時は、イッちゃうね」など、好き全開の話をされており、僕はたまらなく嬉しく、口角が目尻に並ぶほどのニンマリ顔で聞いていた。

 さらにその後、特番の「志村けんのだいじょうぶだぁ」にも出演が決まった。番組スタッフさん曰く、志村さんが「ハナコにもっとちゃんとしたセットでコントをやらせてあげて」と言って下さったそうだが、ご本人には確認できていない。しかもその日は、ただネタをするだけではなく、スタジオに組まれたコントセットを志村さんがハナコに紹介して回るという時間があり、それは夢の中で見るような光景だった。コントセットとともに一生忘れられない背中を見た。

 その後まもなく、志村さんがお亡くなりになった。

 会い足りなかった。この先、共演できる機会をもっと頂けたかどうかはわからない。でも、会いたかった。コントの話が聞きたかった。僕もコントが好きなんですと思い切り言葉にして伝えたかった。
 
 気づけば僕は志村さんが書いた本を探していた。そこで志村さんのエッセイ本『変なおじさん』を読んだ。「会いたくて読んだ」のである。
 
 その本の中には期待した通り志村さんの「好き」が溢れていた。ページをめくってもめくってもコントの話ばかり。スタジオコントの話、舞台コントの話、コントのこだわりややりがいや苦労や喜び。番組のことや関わってきた人達のこと。その内容に「そんなことまで聞いていいんですか?」と思うが、「いいよ」と優しい声がする。あの時の、あの向かいの席で、話の続きを聞かせてくれる。そんな気持ちになれる僕の大切な本である。

秋山寛貴 (あきやま・ひろき)
1991年岡山県生まれ。ワタナベエンターテインメント所属。2014年、同じくワタナベコメディスクールの12期生だった岡部大、菊田竜大とともにお笑いトリオ・ハナコを結成。「キングオブコント2018」で優勝。「ワタナベお笑いNo.1決定戦 2018/2019」2年連続優勝。

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