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手放される覚悟、そして手放す覚悟を――「あいの里」の60歳・みな姉が綴る人生哲学

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 さまざまな経歴を持つ35歳以上の男女が、田舎の古民家で共同生活を送りながらパートナー探しに挑む恋愛バラエティ「あいの里」。当時60歳のみな姉さんは、最年長の参加者として大きく注目されました。その恋愛に対する考え方や姿勢に感銘を受ける視聴者が続出し、番組終了後も、ご自身のSNSには日々多くの悩み相談が寄せられているといいます。
 そんなみな姉さんが、「あいの里」を経て至った境地、パートナーとのリアルな関係について、丁寧に綴ってくださいました!

 え、ちょっと待って……。そこには娘のような年齢の魅力的な女性たちの姿があった。聞けば30代ひとりと40代ふたり。わたしは60代だ。これ、どうしたらいいの。そもそも40代のふたりは到底40代に見えない若々しくかわいらしい人たちだし、30代の女性なんて20代に見える学生みたいな人。勝ち目、ないじゃん……。

「あいの里」の初日。
 オーディションを通過し、収録が開始されるまで「きっと熟年紳士たちに愛されるわたしでいてみせるわ」と息巻いていた。しかし、そんな甘い幻想は、無残にも打ち砕かれたのだった。

 振り返ってみれば、女としていちばんちやほやされる20代とバブル期がぶつかり、若いときは良い思いしかしていない。わがままを言うのが女性であり、それを受け入れるのが世の中だと思っていた。「この世はわたしのためにあるのかしら?」とあの頃は本気で思っていた。自分がおばさんになるとか、ましてやおばあさんになるなんて、想像できなかった。恋をするとかされるとか、気にしていなくてもそんなchanceはあっちこっちに転がっていたのだ。

20代のみな姉。「ミス日本コンテスト」に出場するなど、華やかな生活を謳歌していた

 しかし、そうこうしているうちに、バブルがはじけた。堅実な蟻さん女子は、サッと相手をつかんで瞬く間にゴールインする一方、取り残されたキリギリスさん女子はわらにもすがる思いで結婚相談所に走る。わたしはキリギリスさん女子代表だった。

 30歳になって、理想を落としてつかんだのが最初の夫だった。「この人ならこの先もわたしのわがままを笑顔で聞いてくれるだろう」、そう思った。しかし、結婚し子どもが生まれた数年後、夫の派手な不倫で離婚した。

 気を取り直して、次は本当に好きな人と付き合おうと、19歳年下の男性と結婚。しかし、またしても、若い夫の派手な不倫で離婚。
 もう、男性を信じるのはやめよう。恋もぜんぶきっとあとから噓になるのだから、恋ほど時間の無駄でバカバカしいものはないわと、わたしの心に刻まれた。

 シングルマザーになったわたしは、息子を育てることに全力を注いだ。「うちも母子家庭と変わらないわよぉー。だって主人は海外に単身赴任ですもの。おほほほ」などの静かなママ友マウントを受け、知り合ったばかりの仕事関連の男性からは「お父さんいないんだ? 息子グレてるんじゃない? 母親だけじゃまともに育たないよね」と、見下すような言葉を投げつけられた。何も知らないくせに。ただ、この世の中のシングルマザーと子に対するしうちを、プラスに変換しない手はない。
 見てろよ? いつかあなたがわたしに発した言葉、はずかしかったと思わせてあげる。
 そこからは本当に、色々なことがあった。息子とふたりで戦った20年間だった。
 気づけば、息子は立派な社会人になっていた。ああ、子育てが終わったんだな。仕事に励む息子の背中を見ながら、実感した。もう息子にわたしは「必要ない」のだと。でも——わたしは誰かに必要とされたかった。そして何より、孤独になりたくなかった。

「あ、そうだ、結婚相談所? あ、いや、いまどきは婚活パーティ? 行ってみようかな」

 結婚相談所の主催するパーティは、すでに30代で経験していた。「イケメンで資産家」を期待していた当時のわたしには物足りなかったけれど、今はもう、顔なんてどうでもいい。資産家でなくても、ちゃんと働いて、お金を家に入れてくれて、不倫しないで帰って来てくれればいい。じっくり将来を考えている堅実な男性はきっといるはずだ。
 しかし、なかなか上手くはいかなかった。うっかり年齢しばり無しのパーティに参加してしまったときは、20代女性ばかりで背中を丸めて退散。男性3人に対して女性が20人群がるような雰囲気に疲れてしまったこともあった。
 何度かのパーティを経たわたしに残ったのは、恋というより、社会勉強だった。熟年婚活とは! と語れるくらいの経験値はもらったな、なんてひとり苦笑いをしていたとき、気にかかる「募集」を見た。

〈「人生最後の恋」を探す番組企画の参加者募集〉

 そう、「あいの里」と出会ったのだ。いきなり共同生活をするということ以外、その時点では詳しい内容は書かれていなかった(と記憶している)。でも、「人生最後」とあるだけあって、少なくとも若者対象ではなかった。年齢も上限なし。だいたいこういう番組は30歳までとか、そのあたりで切られているものだが、この募集は35歳以上とある。好感を持った。
 書類選考を通過して、オーディションを受けた。そしてあれよあれよという間に「あいの里」出演が決まった。60歳にして初めての経験を前に不安もあったけれど、目をつむると、ここまで頑張って生きてきたわたしを、笑顔で迎え入れてくれる熟年紳士たちの姿がぼんやりと見えた気がした。

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