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「アップデートとは、自分が間違っていたと理解すること」|桜庭一樹『名探偵の有害性』ロングインタビュー


作家の書き出し Vol.32
〈取材・構成:瀧井朝世〉



◆中年を主人公にしたミステリを書きたかった

——『めいたんていゆうがいせい』は、約三十年前に活躍した名探偵と助手が、ネットでの炎上を機に当時の事件を振り返る旅に出る物語です。東京創元社の文芸誌「の手帖」に連載されていましたよね。

桜庭 連載を立ち上げる際に、東京創元社さんから「ミステリじゃなくてもいいです」と言われていたんです。でもせっかくミステリの老舗しにせで書くなら、直球のテーマをやりたいなと思って。ミステリってなんだろうとか、ミステリに対する批評も含めた作品を書きたいと考えていました。
 ミステリって、事件を解決することで主人公が成長していく物語になることも多いですよね。スティーヴン・キングの『IT』はホラーですが、町の怪物と闘う話で、原作だと仲間たちが子供だった頃の話と、みんなが中年になった時の話が交互に入っている。テレビドラマ版や映画版だと子供篇、大人篇に分かれています。子供篇は怪物を倒すことによって大人になる通過儀礼の話で、大人篇はもう一回怪物を倒すことでミッドライフ・クライシスを乗り越えて、今後も生きていくという話です。子供の通過儀礼とミステリの組み合わせはよくあるけれど、中年の危機とミステリを組み合わせた作品のほうは意外と少ない気がして、中年を主人公にしたミステリを書いてみたいと思いました。いつのまにか「人生一〇〇年時代」と言われだしたので、主人公たちはぴったり真ん中の五十歳にしたんです。

——「名探偵の有害性」という言葉が印象的ですよね。昨今は、警察ではないのに事件に首を突っ込む形にしてよいのかなど、書き手側が名探偵の扱い方に葛藤されているような気がします。

桜庭 本作を書く前に色々な探偵ものの作品を読んだのですが、書き手の問題意識を強く感じました。名探偵の特権性を排除するために、地道に事件を調べる探偵が出てきたり、特殊な設定を入れたり……。若手・ベテラン問わず、みなさん色々な工夫をされていました。ふるてんさんの『事件は終わった』という、事件が解決し、残された関係者たちが日常に戻っていくことに焦点を当てた短篇集も読んだことがあって、印象に残っています。
 特に面白いなと思った作品は、しやせんどうゆうさんの短篇「ヒュブリスの船」。殺人事件とタイムリープをかけ合わせ、名探偵が推理して犯人を選ぶと時間が巻き戻ってしまうという設定です。これも名探偵の存在意義を問う作品だと思いました。
 あとは、いわゆる「後期クイーン的問題」のことも考えました。第一の問題は「名探偵の推理が本当に正しいかどうか、作品内で証明できない」ということです。もしも噓の手がかりが混ざっていたり、すべての手がかりをみつけられていなかったとしても、登場人物は気づくことができない。だから最終的な解が本当に真の解決かどうか、作中では証明できないという。これって現実でもときどき起こることだと思うんです。

——本作は、平成中期の頃に名探偵ブームがあり、名探偵四天王がいたという設定です。

桜庭 平成の時代は、今よりも名探偵ものが書きやすかったと思います。当時は、特権的な名探偵が現場の予定調和的な空気をひっくり返してくれたり、既存の価値観を問い直してくれたりするのが、読者にとっても快感だったと思います。ドラマや映画でも、組織からはみ出た一匹狼的な主人公が、強引な行動で事件を解決するものが多かった。私もその当時は面白く見ていましたが、いま見たら、名探偵が誰かを傷つけてしまっていないか、はらはらするんじゃないかな。
 そんな私が実際に感じていた時代の空気を書きつつ、「名探偵ブームもありました」というフィクションの要素を入れました。

——ブームがすぎた後、探偵助手だったゆうぐれは、東京のかめいで亡き両親の後を継いで実家の喫茶店を経営している。物語の冒頭、その店にかつての名探偵・たいかぜがやってきて二人は久々に再会します。

桜庭 編集者との打ち合わせの席で、確かトリュフォーの映画『隣の女』の話をしたんです。偶然、昔の恋人が隣に引っ越してくるんですが、主人公とその人は「あなたと共に生きられない。あなたなしでも生きられない」というほど、惹かれ合っているのに共存するのが難しい関係、という話で、それが本作の出発点になりました。

◆自分の過ちを認めることこそが〝アップデート〟

——彼らが過去の事件の検証の旅に行くきっかけが、「ころんころんチャンネル」というVRキャラクターによる配信です。正体は女子大学生と噂されるそのキャラクターが「〝名探偵の有害性〟を告発する!」と言って、五狐焚を批判し始めるという。

桜庭 過去に関する告発は、やっぱりネットから始まるかなって。「ころんころんチャンネル」の告発に対して、当時を知っている世代なら「あの時代は名探偵が活躍するのがブームだったんだよ」と言い訳したくなるのだと思います。でも、知らない世代の人たちからしたら、そのブーム自体がすごく不思議だろうし、むしろ告発者が主張するように、とんでもなくおかしな、悪い時代にも見えるだろうなって。五狐焚と夕暮も、価値観が違う若い世代の人たちからの告発のほうが、同世代から言われるよりもショックが大きいかなと思いました。

——それで五狐焚と夕暮は、過去の事件を再検証するために旅立つわけですが、彼らが訪ねる場所も事件の内容もさまざまで、その謎解きも面白かったです。そして各所で、それぞれ異なる「名探偵の有害性」が浮かび上がってきますね。

桜庭 『GOSICK』を書いた頃、謎解きもののシリーズは、毎回主人公たちがミステリ的に盛り上がる場所に行くものだと思っていました。だから、列車の屋根を走って犯人と揉めたり、豪華客船に乗るシーンを入れていたんです。
 今回も同じように、一回は列車が暴走するシーンを入れようとか、孤島を出そうとか、山の中の因習村みたいなところに行こうとか、まずは場所から考えていきました。同時に、名探偵にはどんな有害性があるのかを書き出して。例えば、集まった証拠だけで推理したけれど、実は別の証拠もあったとか、事件はすっきり解決したように見えていたけれど、実は事件後に思いがけぬ出来事があったとか……。それらを組み合わせて、じゃあどんな事件が起きたのかを考えていきました。
 自分ではかなりライトなミステリを書いたつもりだったので、ミステリ好きの人はそうと思わずに読むんじゃないかと思っていたんです。でも連載が始まった時に翻訳家のたるそういちろうさんが、SNSに「桜庭一樹の久しぶりのミステリだ」と感想を書いてくれたので、嬉しくて、「よし、ミステリとして頑張って書くぞ」と思って。
 最後の事件は一番トリッキーですが、じつはなかなか思いつかなかったんですよ。年末に編集者に「まったく思いついていません」って連絡しちゃいました(笑)。


——あれはかなり意外な展開でした! そうして過去の事件を検証することにより、彼らは自分たちの有害性に気づいていくわけですよね。

桜庭 垂野さんが、「『舞踏会の手帖』風の枠組を持った話」だと指摘されていたのですが、その通りなんです。『舞踏会の手帖』は、1930年代のフランス映画なのですが、主人公が、若い頃に行った舞踏会で一緒に踊った人の名前が書き留められた手帖をもとに、過去のボーイフレンドたちを訪ねていく話です。
 むろさえさんの『わらびおか物語』にも、おばあちゃんが「私も『舞踏会の手帖』をやる」と言って、孫娘と一緒に昔の恋人たちに会いにいく話がありますね。会ってみたら全員すごいクソジジイになっていて、毎回おばあちゃんが怒っちゃう展開が面白くて(笑)。
 こういった作品が念頭にあったので、名探偵と助手が過去の事件を回っていくと、記憶と全然違うものばかりが出てくる話にしました。そして、「自分たちはこんな事件を解決した」と思っていたのに、実は犯人は違ったんじゃないかとか、何かが間違っていたんじゃないか、とさいなまれていく。
 あと最近、ばやしエリカさんの『女の子たち風船爆弾をつくる』を読んだのですが、素晴らしい作品でした。戦時中に風船爆弾の製造に従事する女の子たちの話で、もちろん彼女たちは戦争の犠牲者でもあります。でも戦後、時間が経つにつれて、自分たちが武器を作っていたという、己の加害性にじわじわ気づいていく。
 五狐焚も夕暮も、自分たちの加害性に気づいて、自ら変わっていく話にしないといけないと思っていました。ただ、突き放すような終わり方にはせず、明るく終わりたかった。ミッドライフ・クライシスに直面しているおじさん、おばさんが、彼らなりに成長して変わっていく話にしたい、と思っていましたね。

——読みながら、成長って、新たに何かを獲得するのでなく、自分の過去を検証することでもできるんだな、とつくづく思いました。

桜庭 そうですね。最近、アップデートって、「新しいものをインストールする」というよりも、「自分が間違っていたと理解する」ことなのかな、と思うんです。過去の自分の加害性を理解して、自分を変える努力をしないと、アップデートにはならないな、と。今回は名探偵と一緒に、私自身もアップデートしたいなと思いました。

◆その人が自分でも気づいていないことを書く

——五狐焚と夕暮は、それぞれ、どういうイメージでしたか。

桜庭 最初、五狐焚は〝完璧な名探偵〟のイメージで、それが実は完璧じゃなかったと分かる話を考えていました。でも、だんだんと、名探偵がちやほやされていたのは、実力のおかげというよりも、雰囲気重視だった気がしてきて。つまり、必ずしも論理的だから名探偵として人気を博したということでなく、時代の空気をつかんだ人が正しい、みたいな感じで人気になっていったのかなって。平成って、「面白ければいい」という価値観が今よりも強くて、テレビでもヤラセがあったりしましたよね。だから名探偵もタレント化していて、推理よりも場を盛り上げることのほうが義務になっていたんじゃないかなと思いました。そんな背景があって、五狐焚は名探偵としての実力は分からないながら大人気だった人、となりました。
 助手の夕暮は、本当は優秀だったんだけれども、チャンスを与えられなかった人のイメージですね。なので、最初はあえて、いかにも普通のおばさんという感じで登場させました。普通のおばさんの描写は面白かったですね。

——夕暮は昔はギャルのような格好もしていたのに、今はおっとりした中年女性という印象ですよね。喫茶店を継いだ時は店主だったのに、十三歳年下の夫と結婚した後は、「マスターの奥さん」扱いされているし、夫は浮気している様子。彼女が「中年女は、この世の透明人間なの」と言うのが切ないですね。

桜庭 彼女がそうなったのは、やはり周囲の影響がありますよね。五狐焚と事件を追っていた頃も、どうして「名探偵二人組」じゃなくて「探偵」と「助手」にされてしまったのか。その後、どうして自信を失ったまま年をとっていったのか。そうした背景を考えながら、おばさん像を作っていきました。
 彼女は鈍いように見えて、実際は本当に鈍いのかはあやしい。私も昔、自分は女性だから、賢いとか気が強いとか思われるよりも、鈍いふりをしていたほうが安全だと思っていました。『少女を埋める』でも書いたことですが、生存戦略として鈍いふりをしているうちに、本当に自分は鈍い人間だという気がしてきてしまうんですよね。これは私自身が実感してきたことなので、夕暮のキャラクターはその点を強調しました。
 十年、二十年前の小説って、ちょっと不安定な女性が出てくると、本人の自己責任でそうなった珍獣みたいに描かれていたと思うんです。でも、最近の若い作家さんの作品を読むと、その女性をとりまく社会や環境についてしっかり書かれていて、なぜその人が不安定になっているかが描かれている。たとえば、りんさんの『くるまの娘』、あらたくるみさんの『何食わぬきみたちへ』、たかじゆんさんの『おいしいごはんが食べられますように』にも「ちょっと不安定だな」という人が出てくるけれど、そこには個人の責任だけではなく、周りの環境や時代の影響があると分かるように書かれている。今作の主人公についても、そうした背景が伝わるように意識して書きました。

——そんな夕暮が、五狐焚との再会を機に、ぽんと日常から飛び出していくのが痛快でした。

桜庭 五狐焚は夕暮に「おまえは頭がいい」とずっと言っていたんですよね。五狐焚の推理を整理するのがうまかったり、実は夕暮のほうが正確に推理していたこともあったりして。実は頭がいいのに、それを隠しているうちに自分でも本当の自分が分からなくなっていた鈍いおばさんが、それに気づいて鈍いふりをやめていく過程を書こうと思いました。

——さきほど普通のおばさんを書くのが楽しかったとおっしゃっていましたが、どういう楽しさだったのですか。

桜庭 普通のおばさんは、しんどいことをいっぱい経験して、でもそれを受け流したり、内面化して、無理やり自分を納得させてきた人が多いと思うんです。本当は言いたいことがたくさんあるのに、世間からまるで透明人間かのように扱われ、無視されている。だからこそ、夕暮のような人の本音、さらには本人も自覚していないような気持ちをしっかり書きたかったんです。
「その人が自分でも気づいていないことを書く」というのは、デビュー以来ずっとやってきたことなんですよね。私は「第一回ファミ通エンタテインメント大賞」(現在はエンターブレインえんため大賞)の佳作でデビューしたんですが、その時審査員だったなかむらうさぎさんが、「この作品には虐待されている女の子が出てくるけれど、その子は自分のことをかわいそうだと思っていない。かわいそうな子をかわいそうな子として書くことは簡単だけど、かわいそうだと自覚していない子はなかなか書けるわけじゃないから、そこを伸ばすといい」という趣旨のことを言ってくれたんです。当時はあまり自覚できていなかったのですが、よく考えてみたら確かに私はデビュー以来ずっとそういう人を書いてきた。中村うさぎさんはとても鋭かったなと思いますし、ずっと感謝しています。

◆恋愛ではない異性との関係性

——面白い存在が、夕暮の夫の浮気相手であるけいさんという女性です。彼女は旅先の夕暮にちょくちょく連絡をよこし、世の中の炎上の様子なんかを知らせてくるんですよね。

桜庭 佳は、夕暮の味方ではないし、むしろずっと失礼なことをし続けて、馬鹿にしてくる人です。佳のような人と一緒にいると自己肯定感を削られるので、夕暮ははやく離れていってほしかったと思う。でも同時に佳は、探偵の助手は日陰の存在で、名もなき雑務が多くてとても大変な仕事なんだ、ということに気づく唯一の存在なんです。
 とはいえ、夕暮にとって都合がいい、理解のある年下女性にはならないように、二人は一定の距離を保つ関係性にしました。人間ってそう簡単に変わるものでもないと思うので、佳は反省して変わることなく、夕暮に対して否定的なまま生きていく人にしました。

——距離感といえば、五狐焚と夕暮はともに異性愛者ですが、決して恋愛関係にはならなかった二人なんですね。

桜庭 もし十年前に書いていたら、かつて付き合っていた設定にしたほうがいいかな、と悩んだかもしれません。でもシスターフッドやブロマンスとはまた違う、男女の間のなんらかのフッド、恋愛の介在しない関係性もあるのではないかと思うんです。
 2022年に、『夏の砂の上』というまつまさたかさん作の演劇を観たのですが、これがとても良い作品で。主演のなかけいさんが伯父役を、やまあんさんが姪役を演じたのですが、この作品における伯父と姪の関係性が大好きでした。伯父の妻は浮気をして出ていき、姪っ子はあって伯父に預けられるという設定で話は進みます。決して相手を異性として好きになることはないのですが、異性愛者である二人が、「異性の家族が自分を気にかけてくれていること」をちょっと救いに感じているような、なんともいえない空気があるんです。同性の家族から心配されるのとは少し違う、二人の間にかすかな甘さがあって……。これはなんだろう、ひとことで言い表すのは難しいけれど、こういう関係性って確かにあるよな、と思ったんです。
 今回の名探偵と助手も、男同士でも女同士でもなく、二人とも異性愛者で、付き合ってもいないんだけれど、互いの存在に何か救われている面があるかもしれない関係にしたくて、あえて異性愛者の男女の組み合わせにしました。

——さて、五狐焚と夕暮は旅先でいろんな真実を知り、いろんな人の声を聞くことにもなりますね。

桜庭 「名探偵の主張はこう」「名探偵を批判する人の主張はこう」という二元論にはせず、いろんな意見がぐるぐる回るほうが面白いんじゃないかと思っていました。
 私より年下の作家の小説を読んでいると、ひとつの正義を一貫して書く人はいなくなってきていると感じています。いろんな人が出てきて、多様な意見が交わされる話が多い。私もそういう小説を書こうと思って、登場人物たちが議論する場や、謎のミステリマニアのおじさんがいきなり語り出したりする場面を書きました。いろんな人がそれぞれ別の何かを信じていて、みんな違うことを言うんだけれど、明確に「この人は悪です」っていう人はいないんですよね。ただ、みんなちょっとずつスタンスが違う。そうやって引っ搔き回された後で、名探偵と助手が何を選び、どう変わるのかを作者である私自身でも見てみたかったんです。

——謎のミステリマニアのおじさんの話が面白かったです。

桜庭 あのおじさんには、自分の中の「名探偵大好き」要素が色濃く出ていますね。おじさんが「この世で名探偵だけは完璧な存在なんだ」と語る場面は、感情移入してぶわーっと書きすぎてしまって、「自分、ちょっと一回落ち着こう」と思いました(笑)。今は糾弾される存在であったとしても、私はやっぱり名探偵が好きなので、引き裂かれる思いで書いたのがあのシーンです。

——そういえば桜庭さんって、初恋の人がホームズでしたよね?

桜庭 えっ、なんで知ってるんですか?

——ずいぶん前にうかがいました。『小説 野性時代』で『GOSICK』についてインタビューした時とか。

桜庭 忘れてました……。そうなんです。小学生のころ、「シャーロック・ホームズ」シリーズを読みながら、頭の中でホームズの下宿のハドソン夫人をハドソンちゃんという小さい女の子に置きかえて、その子になったつもりでホームズさんを見ていました。
 私が名探偵には助手が必要だと思っているのは、ホームズとワトソンのコンビの影響が大きいです。ワトソンは結構、友達が多いタイプだと思うんです。ホームズと一緒に下宿していたのに、あっというまに恋人ができて結婚して出ていっちゃいますよね。ホームズはそれからずっと一人でいる。ホームズは天才だけど、ワトソンとしか気が合わないんじゃないか、ワトソンじゃなきゃダメなんじゃないか、と思っていました。二人組のうち、「この人じゃなきゃダメだ」って思っているのが天才側の人だという、あの関係性がすごく好きでした。
 なので今回の名探偵と助手も、五狐焚は「この子が助手じゃなきゃダメだ」というくらい夕暮のことが大好きなんだけれど、夕暮はといえば、五狐焚のことは好きではあるが、自分には助手とは違う人生があったかもしれない……と思っていますよね。そういう二人のズレみたいな部分もホームズとワトソンの影響かもしれないです。

——ところで、桜庭さんっていつも登場人物の名前をどのように決めているんですか。

桜庭 プロットを考えているうちに、だんだん見えてくるかな。五狐焚は、名探偵っぽい名前を考えた時に、ちょっとドラマチックな動きのある名前がいいと思ったので「風」にして。そこから「推理の風が吹いたぁっ!」という決めゼリフを考えました。夕暮は、自分が人生の黄昏どきにいると思っている人なので、この名前になりました。キャラクターの性格や置かれた状況によって決めていく感じですね。
 あと、名前の印象が被らないように、最初の一文字の音が違うようにします。「な」から始まる名前の人がいたら、「に」をなるべく使わないとか、漢字三文字のファーストネームの人と、二文字の人と、一文字の人にするとか。

——読者としてそれは本当にありがたいです。ちなみに「五狐焚」というのは。

桜庭 あれは、私が「とうけんらん」クラスタなので……。刀の名前なんですけれど、退たいっていう刀剣男士が出てくるんです。それが、虎が憑いている刀なんですよ。名探偵ってみんな名前が格好いいので、人ならぬものみたいな印象にしたくて、しっぽが五本ある狐のイメージで五狐焚とつけました。

——ああ、どうやってああいう名前を思いつくのかと思ってました(笑)。さて、そんな五狐焚と夕暮が、過去の有害性を自覚して、どうなるのかというところでも読ませますね。

桜庭 自分たちは有害だったんだ、と自覚してしょんぼり終わるのではなくて、自覚した上で、変化して、未来に行く話にしたかったんです。
 読後は、「でも名探偵ってこうだよね」などと、ミステリ好きの人や作家のみなさんは、色々と思うことはあると思います。そこからまた別の形で名探偵ものの作品が書かれたら面白いなと思っています。

——相互作用で新しいものがどんどん出てきたら、読者としては嬉しいです。

桜庭 そうですね。私も今回、いろんな作品の影響を受けて書いたので。そういえば、去年放送されたばやしやすさん脚本、よしおかひでたかさん主演のNHKドラマ『犬神家の一族』のラストが、やっぱり名探偵の有害性の告発になっていたんですよね。最後に原作にはないオリジナルのシーンがあって。ある人物が、推測にすぎない推理を相手にぶつけるきんいちに向かって「あなたは病気です」と言う。ちょうどこの小説の連載中に見たので、「あ、名探偵の有害性だ!」と思いました。
 あれは新しい問題提起だったけれど、多くの視聴者から肯定的にとらえられていたように思いました。そうやって、名探偵という存在がいろんな形で批評され、総括されていく。そしてまた次の時代に、新しい形の名探偵と一緒に生きていくことになるんだなと思います。

——桜庭さんが次に書くとしたら、どういう名探偵になるんでしょうねえ。

桜庭 ………。ほんとだ。この次を書くのが難しいですね(笑)。

——名探偵ものに限らず、今後はどういうものを書いていくご予定ですか。

桜庭 しばらく長篇が続いたので、今は短篇をいっぱい書きたいと思っています。今年の『文藝』夏季号では、斜線堂有紀さんと、ひとつの作品の中に七つの共通のお題を入れて共作しました。あとはSFメディアの「KAGUYA Planet」さんに短篇を書いたり、ある百合アンソロジーに参加したりしました。テーマが決まっていて、ある程度制約がある中で短篇を書くのはとても楽しいです。一冊にまとまるくらい短篇を書いたら、また長篇を書きたいですね。短篇は若い人を主人公に書いていますが、今回名もなきおばさんを書くのがすごく面白かったので、今後もいろんな年齢の人を主人公にした長篇を書いてみたいです。

撮影:深野未季



 平成を賑わせた名探偵・五狐焚風と助手の鳴宮夕暮。中年になってごく普通の日常を生きる二人は、ある告発をきっかけに、過去に解決した事件を振り返る巡礼の旅に出る。

プロフィール

桜庭一樹(さくらば・かずき)
 1971年、島根県生まれ。99年、第1回ファミ通エンタテインメント大賞(現在はエンターブレインえんため大賞)小説部門佳作入選。2000年、同作を『AD2015隔離都市:ロンリネス・ガーディアン』と改題し刊行、作家デビュー。07年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞受賞、08年『私の男』で直木賞受賞。作品に『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『少女には向かない職業』『荒野』『ファミリーポートレイト』『伏 贋作・里見八犬伝』『無花果とムーン』『少女を埋める』『彼女が言わなかったすべてのこと』『東京ディストピア日記』、「GOSICK」シリーズなどがある。24年8月に最新刊『名探偵の有害性』を刊行。

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