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地底から忍び寄る怪異を〝超心理学〟で解決できるか⁉〈オモコロ〉出身作家・上條一輝さんの極上エンタメホラー『深淵のテレパス』インタビュー

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あなたが、呼ばれています。
あなたには、その声を聞くことができません。
私は、暗い水の底にいます。暗く、危険な場所で、あなたを待っています。

 大学のオカルトサークルで行われた怪談会。そこで不気味な怪談を聞いた夜から、ある参加者の日常に怪異が忍び寄る——。

「一回きりの開催」「ひがしまささわむらという豪華な二名が選考」と告知された創元ホラー長編賞。その受賞作となったのが、かみじようかずさんの『しんえんのテレパス』だ。著者の上條さんはなんとWebメディア〈オモコロ〉のライター(名義はじよう)。まずはどうして長編ホラー小説を書くに至ったのか、来歴を聞いてみた。

「小学校中学年ぐらいから誰に言われるともなく、ノートに小説を書いていたんです。それを周りの大人に褒めてもらったのが原体験としてあります。将来なりたい職業も小説家って言うようになったりして。でもそうは言いつつ、一作を書き上げることはできないまま日々が過ぎていきました」

 大学生、そして社会人になっても「小説を書きたい」という気持ちだけは忘れずにいた上條さんがライターになったのは、転職がきっかけだったという。

「けっこう激務寄りの会社から転職して今の会社に入って、急に時間に余裕ができたんです。ある時、ネットを見てたら〈オモコロ杯〉というオモコロライターの登竜門的なイベントを見つけて、オモコロが好きだったので挑戦してみようかなと。初年度はダメだったんですが、翌年銀賞を受賞して記事を書かせてもらえることになりました」

 以後、オモコロではサッカーから語学まで幅広い分野の記事を書いている上條さんは、実はそのオモコロでホラー短編も発表していた。

「元々オモコロのフォーマットを使ったホラーをやりたいなっていうのは漠然と思ってたんですけど、あんまり前例がなかったし僕も実績がなかったので実現できていなかったんです。そしたらけつさんの『変な家』がオモコロで一気にバズって。僕も「やっていいんだ」と思ったし、編集部的にもホラーをやる気運が高まったので、僕も書かせてもらうことができました。
 そうやって書いたホラー作品が意外と受け入れてもらえて、同じくオモコロライターのなしさんからも褒めていただけて、少し自信がつきました。そのタイミングで、澤村伊智さんのツイートで創元ホラー長編賞のことを知ったんです。一回きりで、しかも僕がホラー小説にハマったきっかけが澤村さんの作品だったので、これはもうやるしかないと火がつきました」

 ここでやらねばいつやるのかと足を踏み出した初めての長編小説執筆。いざ書き始めてみると壁にもぶつかった。

「賞の締切から逆算して、ここまでにプロットを上げて、ここで初稿を書き上げて、この期間ですいこうして、というスケジュールを立てたんですが、全然ダメでした。最近見返してみたら、締切1か月前の時点でプロットが最後までできていなかったみたいで。
 Webで短編を書くのと一番違ったのは、長い分ちょっと気を抜くとすべてがバラバラになってしまうところです。ある場面に違和感があって変えるとそれまで書いた全部を修正していかなければならなくなるんですよね、それが大変でした。すんを惜しんで書き続けて、書き上がったのが締切の前日でした。せめて誤字だけはなくそうと一周だけ読み直しました。椅子に座ると寝ちゃうから、立ち上がってパソコンの画面を上に向けて読んでいました(笑)」

 全力を注いで完成した本作は、怪談会でのろわれた女性の自宅で起こる怪異をYouTubeチャンネル『あしや超常現象調査』の二人組みが解決しようと奮闘する物語だ。人遣いが荒いがすさまじい行動力を持つ女性・あしはると、彼女に振り回される後輩の男性・こしそうというコンビが奔走する。

「アイデアの種は三つありました。一つ目は心霊ドキュメンタリーです。いまは『フェイクドキュメンタリー「Q」』などを作っていらっしゃるてらうちこうろうさんの『心霊マスターテープ』っていう、いろんな心霊ドキュメンタリーの監督が出てくるドラマが大好きなんです。一つ面白いなと思ったのが、作中に実際の監督とそのアシスタントのコンビがたくさん出てくるんですが、一様に男性監督と若い女性の組み合わせなんですよ。だからそれを逆でやったら面白いんじゃないかなって。
 二つ目は怪談会です。よしゆうさんの『一生忘れない怖い話の語り方』の影響もあり怪談会をモチーフにしたいと思っていました。自己責任系の怪談ってあるじゃないですか、これを聞いたらこうなっちゃいます、ここから先は自己責任で、みたいな。ああいうのを本当に食らっちゃった人のその後を追跡して、実際どんな呪いを受けたのかを描いたら面白そうだなと」

 そして三つ目が〝超心理学〟。心霊研究を前身とし、超常現象を科学的に検証しようとする研究分野だ。上條さんが〝超心理学〟に着目したのは、そもそも「どんなホラー小説を書きたいか」という問いに端を発するという。

「幽霊や心霊現象の存在を前提にするかどうかの濃淡があると思っていて。霊媒師やおはらいをする人が登場する作品はそういう存在を前提としているし、逆に〝ヒトコワ〟と呼ばれるタイプの作品は心霊とは違うところに怖さを見出している。自分が書くならその中間を行きたいなと。言わば〝幽霊がいるのかいないのか確定しない世界〟のホラー小説です。そこで目を付けたのが〝超心理学〟でした。怪異や超常現象を単に否定するのではなく、解明しようとする分野だからです。超心理学では何がどこまで議論されているのかを調べ、どれくらいの超常現象や怪異だったらリアリティが出せるのかというラインを探りました」

 怪異を解明しようという姿勢は、主人公の一人、晴子に色濃く表れている。晴子は怪異に対して合理的な思考を持っていて、いかに怪しい現象が起きても心霊以外の理由をまず考える。しかしただ信じていないのではなく、お祓いのような手法も躊躇ためらわずに採り、効果を見る。そんな晴子は作中、「超常現象は、しょぼい」「超常現象はシャイ」という名言を残している。

「あれはもりたつさんの『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』の影響です。異変は決してカメラの前では起こらない。でもちょっと目をそらしたときにふっと現れたりする、といったことがその本の中で書かれてまして、それがもうめちゃくちゃ僕のオカルト観にしっくりきたし、実際の心霊現象ってそうなんだろうなと腹落ちしたんです。だからこのスタンスを晴子に託してみようと」

 晴子・越野コンビの怪異調査は、ほかにも魅力的なキャラクターたちを巻き込みながら超絶怒濤のクライマックスを迎える。ホラーとしてはもちろん、全方位型のエンターテインメントとして楽しめる傑作だ。

「一読で『あー面白かった!』と思えるような作品を書いていきたいです。幸い、早くも『深淵のテレパス』の続編を書かせてもらえることになったので、まずはそれを精一杯頑張っていこうと思います!」

写真:細田忠


◆プロフィール
上條一輝(かみじょう・かずき)

 1992年長野県生まれ。東京都在住。早稲田大学卒業。現在は会社員の傍ら、Webメディア〈オモコロ〉にて加味條名義でライター活動をしている。2024年、『深淵のテレパス』(「パラ・サイコ」より改題)で創元ホラー長編賞を受賞しデビュー。

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