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ピアニスト・藤田真央#09「わたしの人生の節目には、モーツァルトが現れる」

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 世界デビューアルバム『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』(CD5枚組)のリリース日が、今年の10月7日に決定しました。
 現在は配信限定先行シングルとして《ピアノ・ソナタ第16番 ハ長調 K.545》の「第2楽章 アンダンテ」と《ピアノ・ソナタ第2番 ヘ長調 K.280》の「第2楽章 アダージオ」が公開されています。

 思い起こせばモーツァルトの楽曲を、これまでわたしは、ピアニスト人生の節目、節目で弾いてきました。2017年にクララ・ハスキル国際ピアノコンクールに出場したとき、ファイナルの演奏曲は《ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491》でしたし、2019年のチャイコフスキー国際コンクールでは、第1次予選の古典派課題曲として《ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K. 330》を選びました。

 とりわけこの《ピアノ・ソナタ第10番》は、わたしの人生を変えたとも言える楽曲なのです。
 10歳のときのこと、わたしは20世紀最高の演奏家と名高いピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツのリサイタルを収録したDVD『ホロヴィッツ・イン・モスクワ』に出逢いました。これは青年期以降アメリカで活動していたホロヴィッツが、60年ぶりに故郷ロシアに帰国した1986年にモスクワ音楽院大ホールで開かれた伝説のコンサートです。

 DVDに収められていた《ピアノ・ソナタ第10番》の演奏に、わたしは衝撃を受けました。当時は自分が何にそこまで心動かされたのかうまく言い表せませんでしたが、いまになって言葉をあてれば、「ピアノにはこんなにも可能性があるのか!」という感嘆だったのでしょう。モーツァルトが遺した素晴らしい楽譜を演奏者が受け取り、豊かな解釈と積み上げられたテクニックを用いて現代に伝える。ひとつの曲を介し、時空を超えて表現者がつながり合う瞬間を目の当たりにしたとでも言いましょうか。この体験を機に、わたしははっきりピアニストになりたいと願うようになりました。
 だからこそ、いつの日かしっかりモーツァルトに取り組みたい――そう心に決めていました。

 チャンスをくれたのは、スウェーデン人の音楽プロデューサー、マーティン・エングストロームでした。2019年のチャイコフスキー国際コンクールでわたしの演奏を聴いてくれたマーティンは、2021年のヴェルビエ音楽祭でモーツァルト・ソナタ全曲をやろうではないかと声をかけてくれたのです。

 問題は、その時点でわたしが弾いたことのあるモーツァルトのソナタは、全18曲のうち3曲しかなかったこと。この話を受けるとしたら、わたしは1年のうちに15曲のソナタを仕上げなくてはならなくなります。それは非常に困難なことに思えましたが、だからといってわたしに、この夢のような提案を断るという選択肢はありませんでした。

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