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冲方丁「マイ・リトル・ジェダイ」#016

WEB別冊文藝春秋

リンの人生が懸かったオンラインゲームの世界大会。
決戦の舞台を前に、彼がパートナーに選んだ相手は?

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 ——お願い?
 大会出場が確実となった今、どんな『お願い』があるのだろう。のぶみつは不思議に思いながら、りんいちろうから送られて来たメッセージを開いた。

 お父さんにお願いがあります。
 おれといっしょに『ゲート・オブ・レジェンズ』の大会に出て下さい。
 さっきタッキーとも話しました。
 タッキーと大会に出るのは、きっと楽しいと思います。
 でも、お父さんとなら勝てる気がします。マシューさんにも負けないで、いっしょに頑張れると思います。
 なぜかというと、お父さんはあきらめないからです。
 お母さんは、お父さんがいつもだまされるって言って怒ってました。でもおれは、だまされても怒らないお父さんは、すごいなと思います。
 ふつう、だれのことも信じられなくなるのにってお母さんは言います。でも、お父さんは変わりません。かなえたい夢があるって言い続けます。
 お父さんは、あきらめない人なんだなと思います。
 ユースフルさんが、お金を返しに来たって聞いても、おれは驚きませんでした。
 お父さんは、人を信じることもあきらめません。だからユースフルさんも、いっしょにゲームをしてくれてるんだと思います。
 そんなお父さんを、おれはかっこいいと思います。
 大会で勝てたら、元気になるのか、自分でもよくわかりません。
 でもこうして大会に出られるよう、お父さんはものすごくがんばってくれました。とてもうれしかったです。そして本当に大会に出られるようになって思ったのは、お父さんとならジェダイになれるかもってことです。お父さんといっしょに、大会でいっしょうけんめいプレーしたら、きっと勝てるって信じています。
 だからお父さんも、同じように信じてほしいです。
 おれといっしょに『ゲート・オブ・レジェンズ』の大会に出て下さい。

凜一郎より

 暢光は、最初の数行で早くも泣きべそをかいていた。半分ほど読むうちに耐えられず涙がこぼれ落ち、そして読み終えるなり声を上げて泣いてしまった。
 こんなメッセージを息子からもらった父親が、泣かないわけないじゃないか。暢光は言い訳するというより、大声で誰かに訴えたい気持ちで周囲を見回し、バスルームへ膝で進んでいくと、トイレットペーパーで何度かはなをかんだ。
 トイレットペーパーをトイレに流し、こぶしで涙を拭うと、ぜんとなって膝でずいずい進み、モニターの前に戻った。
 ふーっと大きく息をつき、両手で頰を叩き、しゃきっとして凜一郎からのメッセージを読み直した。
 ちょっと前まで、人前ではお父さんと呼んでいても、家族だけのときはパパと呼んでいたのに。いつの間にか、お父さんとだけ呼ぶようになっていた。事故のあと、チームを結成したせいでそうなったというより、凜一郎の成長とともに、ごく自然にそうなったという感じがした。
 こうしてしっかり考えて、自分で決断できるのも成長の証しだ。ほんの少し前は、自転車に乗る練習をするたび、後ろで父親が車体を支えてくれているか不安で振り返ってばかりいたのに。気づけば、母親へのプレゼントを買うために、内緒で外出する優しい子に成長していた。
 そんなかんがいにふけっていると、また泣けてきた。
 いやいや、泣いている場合じゃない。返事をしてやらないと。全ては凜一郎が目を覚ますためだ。
 もちろん、凜一郎自身も言うように大会で優勝すれば目を覚ますかどうかなんて、わからない。だが暢光には、素直に信じることができた。他に信じられるものがないとか、不安だから信じることで安心するとか、もし勝てたら賞金が凜一郎の治療の助けになるとかじゃない。
 自分が心から信じているのが凜一郎だからだ。
 マシューが示唆してくれたことが、やっとわかった気がした。相手を信じてやるということがどういうことかが。
 相手が喜ぶから、いい加減な話を信じてやるのではなかった。逆に、相手が苦しんだり、がっかりする結果になったとしても、信じたことを後悔することはないだろう。
 信じることが、相手の扉を開く鍵になることがあるのだ。
 扉のノブをつかんで押し開ける力を与えてやれるのだ。
 そうしてやれるのが他ならぬ自分の子だなんて、嬉しいだけでなく光栄ですらある。
 おれは誰よりも凜一郎を信じている。そうするという点で、誰にも負けることはない。
 暢光は、胸いっぱいにその思いが広がるのを覚えながら、メッセージを返した。

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