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冲方丁「マイ・リトル・ジェダイ」#019

WEB別冊文藝春秋

世界中の人々からのエールを一身に受け、いざ「チーム・リン」出陣!
やる気は十分のはずなのに、何やらリンの様子に異変が生じている様子。
このピンチを前に、父・ノブにできることは…

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 ブースの周囲には大会のスタッフが何人も集まってきて、「リンギングベルは大丈夫なのか?」とささやき合っていた。他のプレイヤーたちも席を立って暢光と裕介がいる方へ首を伸ばし、観客は低くざわめき、アナウンスは次に何を告げればいいかわからず沈黙している。
《ごめん、お父さん! 目が覚めた!》凜一郎が、暢光が凝視していたモニターの向こう側でふいに声を上げ、ロビーの中で動き回った。《あれ? レースは?》
 ほおーっ、と暢光と裕介が溜め息をつき、スタッフたちが顔を明るくした。
「レースの第二ゲームは終わったんだ、リンくん」裕介が言った。「残念だけど、タイムアウトした」
《うえええー》凜一郎が身も世もない嘆きの声を上げた。《そんなああー》
「大丈夫だよ、リン。第三ゲームには出られるし、バトルロイヤルがまだ次にあるんだから」暢光が優しい声で慰めた。本音を言えば、凜一郎が元気な声を聞かせてくれるだけで、他に何も要らないという気分だった。
《そっかあー》とたんに凜一郎が安堵の声をもらした。《あー、バトル中じゃなくてよかったあ》
「体調……というか気分は、大丈夫なんだな?」暢光が念を押して訊いた。
《うん。まだちょっとふわふわしてるけど。あー、びっくりした》
「院長先生が勘違いして麻酔を打っちゃったんだって。薬の効き目を消す別の薬を打ったから大丈夫だろうって、亜夕美は言ってる」
《そっか。じゃ、ばっちりだね》言いつつ、凜一郎が「やったね!」のECを披露した。
 その様子が頭上のモニターでも表示され、観客たちから拍手が起こり、こちらを覗き込んでいたプレイヤーたちも手を叩いてくれた。
「彼は大丈夫なんですね?」スタッフの一人が真面目な顔で訊いた。
「ええ、投薬による一時的な影響です。フィジカル・コンディションに問題はないと、彼の主治医とナースである母親が言っています」裕介が、スタッフたちに説明しつつ、ポータブルゲーム機を指さしてその主治医と母親と連絡を取り合っていることを示した。
「オーケイ、本部に伝えます。チーム・リンギングベルの健闘を祈ります」スタッフが親指を立てながら言い、暢光のブースから離れて行った。
 すぐにアナウンスがあり、「リンギングベルがゲームを再開する! 病院のベッドの上で戦い続ける彼にエールを送ろう!」という声に、喝采がほうぼうで起こった。
 なんだか不思議な気分で、暢光は周囲を見回した。ゲームの緊張であまり意識にのぼっていなかったが、この異国で、見知らぬ人々から息子が応援されているのだ。不思議でもあり、そしてとても誇らしかった。

「レースのことは忘れて切り替えるんだ、リンくん、ノブさん、いいな」裕介が、暢光の肩を叩きながら言った。
「よし」暢光は、ぴしゃりと両手で頰を叩き、姿勢を正して、コントローラーを手に取った。「さあ、行くぞ、リン。いきなりだけど、もうバトルロイヤルの第二ゲームが始まる」
《オッケー》凜一郎が勇ましく返した。《さっきの口惜しすぎて、早くプレイしたい》
「おれもだ」暢光は言った。我ながら意外なことに、心からそう思っていた。
《五十人切って、マシューさんたちがネイルか逆ネイルしてたら攻めたいな》
「やる気だな、リン」暢光は、凜一郎の元気さに嬉しくなって裕介を振り返った。
「やってやれ」裕介も笑顔で言った。「第三ゲームの予行演習だ。マシューさんとレオナルドさんに、たっぷりプレッシャーをかけてやるといい」
《おっしゃー!》
 凜一郎が「行け行け!」のECを披露した直後、モニターが暗転し、ふっと会場が暗くなった。ついで、まばゆいレーザー光線が幾重にも飛び交い、ステージでこれまで以上にド派手な演出としてスモークと花火が噴き上がり、モニターがバトルロイヤルの第二ゲームのスタートムービーを流し始めた。

「伝説の戦士たちを称えよォオオオ! 今ァアアア、トップ百人の! バトルロイヤルによる! 第二ゲームが! 始まるゥウウウ!」
 ムービーが終わり、参加用ロビーに集うプレイヤーと、扉が映し出された。開いた扉から溢れる光がプレイヤーたちを呑み込むとともに、アナウンスがカウントダウンを始め、観客が割れんばかりの声で唱和した。
「ゲエエエムスタアアアトオオオオ!」
 アナウンスの声とともに、マップ上空で扉が開き、百人が解き放たれた。
《うっひゃあー!》凜一郎が喜びの声を上げながら、サーキットエリアへまっしぐらに降りていった。
 暢光はその後を追いながら、凜一郎が心から楽しんでくれていることが何より嬉しかった。レースで微動だにしなくなったアバターを見たときの恐怖は言葉にできないほどだ。息子の明るい声にむしろ導かれるようにして、暢光は凜一郎とともに、あらかじめ決めた地点に舞い降りた。これまでになく軽々と的確に操作できるという実感を味わいながら、凜一郎と「ハイタッチ!」に加え「行け行け!」のECを披露し合った。
 それからガレージ兼カーショップの建物の中に入ってアイテムを集め、壁や室内の置物を壊し、建設素材を入手していった。
 他プレイヤーの不意打ちを食らうことなく、建物で様々な武器やアイテムを手に入れることができた。レベル五のショットガンとサブマシンガンと弾薬、体力が最大まで回復するアイテム、そして、設置するとトランポリンになって乗物ごと遠距離を跳んでゆく特殊トラップまであった。トランポリンはミストに囲まれたときに最も効率よく脱出できるアイテムだ。これで、リスクなくミストを盾にすることができる。
 さらには、壁を壊してガレージに出たところ、沼地や砂地でもスピードを落とさず走破できる、比較的耐久性に優れた、ピックアップトラックが置かれていた。
「引きが良すぎて怖いな」裕介がぼそっと呟いた。

 暢光は、それこそ凜一郎のためなら、ここで自分の運など使い果たしてもいいという思いで、手に入れた最高レベルの武器を凜一郎に渡した。二人して装備と建設素材を十分に手に入れてのち、凜一郎がピックアップトラックの運転席に乗り、暢光が荷台に乗って初めて、そこに一発だけ撃てるバズーカ砲があることに気づいた。命中率は低いが、バトルカーゴにすら大ダメージを与えることができる特殊な必殺武器だ。スナイパーライフル同様、直撃すればプレイヤーは一発で体力をゼロにされる。
「マジで引き良すぎだろ」また裕介が呟いた。
 暢光と凜一郎は、これくらいの武器とアイテムは得られて当然とばかりに、ピックアップトラックに乗って出発した。
 何度かとおあいに別のプレイヤーが見えたが、互いに攻撃を仕掛けることなく、サーキットエリアからセンターシティ・エリアへ向かったところで、誰かが築いた砦の周囲に、七、八人ばかりが集まって攻撃を仕掛けているのが見えた。
 ミストが来るまで砦の中にいる者たちを釘付けにするネイル戦術だが、「あの砦に近づくなよ。中にいるのは世界五位のチームだ」と裕介から注意された。
 ドイツ出身のルカ・ケスラーとそのパートナーだった。なんと二人ともアーマーという防御重視のロール構成で、IDは『TEAM IRONBEAR』すなわち鉄の熊だ。
「囲んでるのはソロのプレイヤーたちだ。パートナーが落ちたやつほどネイルに参加するって本当だな」裕介が、序盤から果敢に攻める者たちのIDを確認して言った。「ジョンソン田中もいる」
「世界五位だろ。絶対、逆ネイル狙ってるぞ」暢光が荷台で周囲を警戒しながら言った。
《だよねー》凜一郎が、ピックアップトラックを隣の海賊船エリアへ向かわせながら同意した。《アーマーでどんな風にやるのか見たかったなー》
「動画配信はチェックしてる」裕介が請け合った。「トップ連中は、プレイ動画をリアルタイムで流してるから、あとで見られる。目の前のプレイに集中してくれよ」
《はーい、オッケー》
「うわ、ドラゴンバス来た!」暢光が、裕介と凜一郎のやり取りを遮って言った。「右から真っ直ぐ来るぞ!」
 凜一郎がピックアップトラックを海賊船エリアの砂地に乗り入れたところ、逆に海賊船エリアから出て、センターシティ・エリアへ向かおうとするドラゴンバスと鉢合わせたのだ。
 運転手はアーマーで、屋根の銃座にはガーディアンが乗っている。アーマーが運転できる限られた乗物の中で、バトルカーゴについで攻撃的なしろものだ。銃座の竜の頭部が吐く炎は、浴びるとしばらく火だるまとなってダメージを受け続ける。チームでの練習では頼もしい乗物だったそれが、今は脅威となって迫ってきていた。
《逃げる? やっつける?》凜一郎が、至って冷静にピックアップトラックを左へ曲がらせ、後方でドラゴンバスが放つ炎をよけながら訊いてきた。《けっこうチャンスじゃない、これ?》
「上手く当たるかな」暢光はアサルトライフルを構えつつ、荷台にあった武器について考えた。威力が高いものほど命中率が下がるのがゲームの常だ。
《ミスしたふりして、ちょっと焼かれてみる》凜一郎が実に気楽に返した。ミストに慣れる訓練をさんざんしてきた自負が窺えた。《そしたら絶対近づいてくるし》

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