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河野裕「愛されてんだと自覚しな」#009

WEB別冊文藝春秋

「盗み屋」祥子とともに八百万の神々たちの宴に参加することになった杏。
幻の古書「徒名草文通録」を奪取すべく、なんとか情報を入手したい二人だったが…
神々とニンゲンの知恵比べの行方は、さあ如何に。

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 鹿磨桜を切り倒して増築した英賀城は、それから海運の要所として隆盛したが、やがて訪れた戦国の世であっけなく焼き払われた。失われたものばかりを思い返しても無益である。けれど、残念といえば残念だ。
 私がぼんやりと遠い過去を思い返しているあいだにも、浮島さんと湯山主神は話を続けている。
「いいじゃあないですか、本の一冊くらい」
「いいや、あれはイチ殿のもの。城崎に招いた身で、差し出せと頼むわけにもいかん」
「ですが、盗品です」
「神の為すことに人の世の定めなど関係あるか」
 まったく進展のない話ではあるが、時間稼ぎとしては充分だろう。浮島さんには是非ともこのまま、押し問答を続けて頂きたい。
 と、私がそう考えていたとき、ふいに部屋の戸が叩かれた。続けて聞こえてきたのは、幼く聞こえる女性の声である。
「失礼致します。ご連絡があった通り、不審者をみつけたので捕らえました」
 これに、オモイカネさんが答える。
「ご苦労様でした。中へ」
 戸が開き、まず姿をみせたのは、左目の下に泣きボクロがある女性だった。まだ若く、二〇歳になるかならないかといったところだろう。
 その女性の後ろに、小柄な男性と、縛られた和谷さんとがいる。これでこちらの目論見の本筋はついえたわけだが、和谷さんが捕まったことは特に意外でもない。それでも私が、多少なりとも驚いたのは、和谷さんを連れた男の方に見覚えがあったからである。
「貴方は——」
 と、言ってみたものの、その続きに困ってしまう。私は彼の名前も知らないのだ。
 そこにいたのは、金星台山荘で出会った白タキシードだった。とはいえ今の彼は、ゆったりとした黒い和装に身を包んでいる。
 驚いたのは、あちらも同じようだった。
「杏さん! ホントにいた!」
 彼の叫び声は、まるでツチノコでもみつけたようである。
 私の方も、なにか返事をするつもりではあったけれど、その前にオモイカネさんが話を進める。
「おや、不審者はその方だけですか? 文通録窃盗の主犯は女性のはずですが」
 これに答えたのは、泣きボクロの女性である。
「そちらは、母が追っております」
「なるほど。まずまず難敵のようですね」
「はい。怪獣大決戦の様相でした」
 ノージーさんが歌い、浮島さんが相撲を取っているあいだに、祥子は祥子でごたごたに巻き込まれていたようである。その詳細はわからないが、先ほど私が得意げに語った推測は、どうやら大外れのようだ。オモイカネさんが時間稼ぎに乗ってくるものだから、文通録を盗ませてくれるつもりかもと思っていたのだが、単にこの部屋の外の戦力に充分な自信があっただけなのだろう。
 浮島さんが、珍しく戸惑った声を上げる。
「待って。ちょっと状況を整理させて欲しい。お嬢さんは、何者だ?」
「知らない人には名乗りたくありません」
 素っ気なく答える女性の後ろで、縛られた和谷さんが声を上げた。
「この人がつじとうです!」
 辻冬歩——聞き覚えがある。たしか金星台山荘で、文通録を持ち逃げしていた女性の名だ。
 浮島さんも、驚いた様子で「へぇ」と呟く。
「では、もうひとりは? そちらの彼も、たしか金星台山荘でみかけたね」
 話を振られて、元白タキシード——今は黒い和装の男が、嬉しげに声を上げる。
「僕、つかたけひこと言います。杏さん、お久しぶりです!」
 名指しで場違いに声をかけられた私は、仕方なく作り笑いで答える。
「ええ、はい。お久しぶりです、小束さん。今宵はどうして、城崎に?」
「師匠に呼ばれて来たのです。あのヒトは希代の面倒くさがりですから、代わりにまじないの札を描けと言われて」
「ほう。師匠とは?」
「僕の師匠です。京都で占いを習いました!」
 言われてみれば小束さんの装束、たしかに占い師のものにみえる。
 と、同時に、ふいに閃きを得た。——もしやこの小束という男、金星台山荘に向かう途中の私と祥子に声をかけ、「運命の相手と再会する」と的外れな予言を残した占い師ではないか?
 話の本筋に関わりはないだろうが、なんだか気になり、私は確認する。
「もしかして、以前にもお会いしていますか?」
「はい、もちろん。カレー屋さんで繰り返し!」
 なるほど、小束さんは骨頂カレーのお客だったか。
 けれど論点はそこではない。
「あの金星台山荘で顔を合わせた日、そこに至る前に寒空の下で会った占い師が、貴方だったのではないですか?」
 推理と呼べるような理もない直感だが、私は名探偵の気持ちでそう指摘する。
「ええ!」小束さんは身をのけぞらせて驚き、続けた。「まさか、気づいていなかったのですか?」
 想定とは異なる反応だが、こう責めるように言われても困る。普段から人の顔など注目していないし、あの占い師は口元を黒いマスクで隠していたはずである。
「もしや、運命の相手との再会というのは?」
「無論、僕のことです。あの予言で散々僕を意識していただき、その後に花束を差し出して告白するという、周到かつロマンティックな作戦でしたが——」
 残念ながら私は、骨頂カレーのお客をそうそう記憶に留めていない。あの店は、行列もできる回転の速い店だから、お客がだらだらと居座って店員と雑談を交わすようなこともない。皿を上げ下げするだけの相手の顔など覚えるだけ無駄であり、小束さんのことも記憶になく、然るにどんな予言をされようが顔が思い浮かぶはずもない。
 だがこういった胸の内をぶちまけるのも申し訳なく、私は作り笑いで答える。
「まったく気づいておりませんでした。勘が鈍く、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ。ややこしいことをして申し訳ありません」
 まったくである。この男の夢見勝ちな作戦のせいで、祥子が妙に私の色恋沙汰に興味を持っていけない。
 縛られた和谷さんが、このまったくの余談に痺れを切らした様子で叫ぶ。
「なにを藹々あいあいと四方山話に花を咲かせているのですか! 私が捕まり、守橋さんまで大ピンチに陥っているのですよ!」
 その言葉に、私は驚く。
「祥子がピンチなのですか?」
「当たり前です!」
「ですが、彼女が追い詰められるような事態、そうそう記憶にありませんよ」
 例外はただひとつ、無謀にも窓から飛び出したノージーさんを助けようとしたときくらいである。
 けれど和谷さんは、必死の形相で叫ぶ。
「相手が悪すぎたのです! あの女性、人ではない。神か物の怪の類でしょう」
 これに辻さんが、「いえ、私の母は人ですが」と小声でぼやく。
 ともかく祥子がピンチだというのなら、助けに行くより他にない。けれど問題は、神々の思惑である。
 オモイカネさんが、かんと煙草盆に煙管を打ち付けて注目を集めた。
「さあ、余興を続けましょう。まだ出し物の予定があるのでしょう?」
 などと、彼は呑気なことを言う。
 私はオモイカネさんを睨んで告げる。
「いえ。私共は、ここで退散させていただきます」
「ダメです。私がプロデュースしたこのクリスマスパーティー、中座を許すわけにはいきません。だいたいが無作法でしょう? 神の恩恵を願うのは振りだけで、裏では自分たちで文通録を盗み出そうとしていたなんて」
「すべてわかって乗ったのでしょう?」
「無論、神は多くを知るものです。けれど、作法は作法。すでに始めた奉納なら、最後までやり通しなさい。死力を尽くして余興をみせて、神恵にすがるのです」
「そちらは文通録を渡す気もないのに?」
「わかりませんよ。あなたの出し物が素晴らしければ、心変わりもあり得ます」
 オモイカネさんは、なにを狙っているのか。私たちを、なにに利用しようとしているのか。——私はぼんやりと、彼の筋書きを読み解きつつあった。
「無益な宴で時間を潰して、貴方はなにを待っているのですか?」
 私の問いに、オモイカネさんがにたりと笑う。
「ご想像はご自由に。ですが、いかにあなたでも、まさか神のに逆らいはしないでしょう?」
 たしかに私も、極端に神の機嫌を損ねたくはない。もし仮に祥子が捕まったとして、その後に裁定を下すのは神々だろう。であれば、こびを売る理由もある。今さら拙いコインマジックで嘲笑を受けるのは気乗りしないが、やれと言われればやるしかない。
「無論、神の仰せの通りに」
 私はテーブルの代わりを探し、浮島さんと湯山主神の一戦でひっくり返っていた膳のひとつを拾い上げる。だがそのとき、辻さんが声を上げた。
「待って。まさか、余興をみせれば文通録をいだたけるのですか?」
 彼女は私たちのやり取りから、話の流れを察したのだろう。
 オモイカネさんがこれに答える。
「必ずと約束するわけではありませんが、チャンスはあります」
「それ、私もやって良いですか?」
「是非に。歓迎致します」
 辻さんは「やった」と呟き、準備があると言い残してぱたぱたと走っていく。
 これはまた、思わぬ方向に話が逸れたものだ。
「彼女の演目のあいだ、私は席を外しても良いのでは?」
 できるなら、祥子の様子を窺いたかった。
 けれどオモイカネさんは無下なく、「ダメです」と首を振った。

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