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今村翔吾「海を破る者」 #001

日本を揺るがした文明の衝突——その時人々は何を目撃したのか? 
人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇

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序章

 時を追う毎に一人、また一人と、集まって来る。
 壁の無い茅舎ぼうしゃのような粗末な御堂には、弟子や教えを聞きに来た近郷の僧で溢れ返り、その周囲を数十の民たちが取り囲んでいる。
 一遍いっぺんはすくと立ち上がった。他の僧たちも慌てて立ちあがろうとするのを手で制す。
「まだよ」
 弟子の一人が物言いたげな目をしている。
「暑いな」
 一遍は手で大袈裟に顔を扇いでみせた。
 狭い御堂に三十人以上の僧が詰まっており、その中心に一遍は座していた。折角、心地よい風が吹き抜けているのに、ここは人の壁に遮られて蒸し暑くて敵わない。
 集まってきた民の顔をよくよく見たいと思ったのだ。己がいると聞いて駆け付けた者もいようが、これは何の集まりなのかと首を捻っている者も散見される。何か面白そうなことをやっていると興味半分で来た者も多分に含まれているようだ。

 弘安五年(一二八二年)、仲春の頃である。桜吹雪でも見られると思ってやって来たのかもしれない。だがこの片瀬の館に、付随して建つ御堂の前には、小汚い阿弥衣あみぎぬに身を固めた僧が群れているだけ。がっかりした者もいるのではないだろうか。
「すまないな」
 何も知らずに集まった民がいささか不憫に思えて、口から微かに声が零れ出た。
「如何なさいました?」
 余程耳聡いようで、賑わいの中でも聞きつけて先ほどの弟子が尋ねてきた。いや、生来真面目な性質たちで、己の一言一句を聞き逃すまいと努めているのかもしれない。
「いや、何でもない」
 苦く頰を綻ばせて、増え続ける衆を見渡す。
 信心から駆け付けて来た者は、すでにこちらを拝みつつ念仏を口中で転がしている。その姿を尊く思う。一方で、別に何も知らずに集まった者たちを蔑む心はもとより無い。むしろ皆が好奇に目を輝かせているのを見ると、これこそが人が人たる所以ではないかと心が躍るのだ。
 未知のものに訳もなく惹かれる心。これは人が生まれながらに持っているものではないか。その証左に、集まって来た者たちに老若男女の境は見られない。身分も様々で、武士やその妻女、行商、百姓、他宗と思しき僧の姿まであった。
 一遍は若くして、人というものが解らなくなった。
 己の一族が骨肉の争いをし、それを懸命に止めようとした父が渦中に巻き込まれて死んだのだ。血を分けた肉親すら殺し合う人という生き物に絶望し、全てを放り出して修行の旅に出た。
 そして三年前、信濃国佐久郡伴野庄小田切の地で、
 ——踊念仏。
 なるものを始めた。
 これは市上人空也いちのしょうにんくうやが始めたものであるが、世間にそれほど知られてはいなかった。詩、絵、書、陶など、人は様々な感情を芸に込める。その中にあって踊りは最古のものであろう。踊りは喜怒哀楽の感情を発露させる不思議な力がある。
 そこには偏見も我執も見られず、ただ共に手を取り合う。その姿で唱える念仏こそもっとも純なるものではないか。
「まだ集まって来るようだ」
 一遍はひょいと身を乗り出して遠くを見た。こちらを指差しながら、四、五人の百姓が駆け足で向かってくる。少し遅れて幼子を抱きかかえた女の姿も見えた。
「お師匠様、早く念を始めねば」
 先程とは別の弟子の一人が顔を強張こわばらせながら言った。
 二日前のことである。一遍たち一行が鎌倉に入ろうとしたところ、幕府の御家人たちに止められた。
 念仏を口にして大人数が踊り回る様は、彼らの目には異様に映るからか。それとも秩序を揺るがす扇動と取ったのか。はたまた既存の仏教があれこそ邪宗だと告げ口したか。あるいはその全てかもしれない。この三年間、各地を遊行して踊念仏を行ってきた中で、幕府が己を警戒しているということは勘づいていた。その危惧が間違っていないことが証明された。
 何も幕府に楯突くつもりはないし、他宗をおとしめるつもりもさらさらない。荒んだ心の者たちの救済になることだけを望んでいると懇々と説いたが、御家人はけんもほろろにね退ける。挙句には即刻立ち退かねば斬るとまで言い放った。
 仕方なく鎌倉入りを断念したものの、踊念仏の噂は諸国を駆け巡っているらしく鎌倉に住む者たちも、
「ここで出来ぬならば、何処どこにでも付いて参ります」
 と、熱心に訴える。そこで鎌倉から数十人を引き連れ、同じ相模国片瀬にやって来たという訳だ。近隣の者たちが続々と集まり、今やその数は百を超えようとしている。一人でも多くの者の救いになるならばと、こうして始めるのをしばし猶予している。
 一遍が人波を縫って歩みだしたので、弟子たちは待っていたとばかりに頷く。
「まだじゃ」
「では何処へ……?」
「糞をして来る」
「は……」
 ぽかんとする弟子たちに向け、一遍は口に手を添えて囁くように言った。
「何度も言わすな。昨日の菜が生茹でじゃったようで腹が痛い」
「お師匠、このような時に!」
 声を上げたのは新参の弟子である。付いて行く者を誤ったと思ったのかもしれない。顔を赤らめており語調も強い。それをいなすように一遍は柔らかに答えた。
「このような時も何も、糞は時を選んではくれぬ。人は生きる限り物を食らい、やがて捻り出すものよ」
 一遍は己の尻をぽんと叩いて片笑んだ。今でこそ多くの者が慕ってくれ、師匠と呼ばれ、もっともらしくしてやらねばと思っている。しかし生まれたままの己は奔放で闊達な性質である。子どもの頃は故郷の伊予で、
 ——がねさく。
 などと呼ばれていた。つまりは悪餓鬼だとか、暴れん坊という意である。己が多分にこのような気質だと古参の弟子たちは重々承知しており、苦笑しつつ、どうぞといったように手を宙に滑らせる。新参の弟子だけが目を丸くしているのが可笑しかった。
 一遍は御堂から素足のまま降り立つと、衆もいよいよ始まるのかと感嘆の声を上げる。
「今少し待ってくれよ。まだ近郷から集まっているようだ」
 片手で拝むようにして皆を搔き分け、一遍は少し離れた茂みの中に飛び込むと、さっと阿弥衣の裾を捲し上げた。丹田に力を込めると、やがて特有の臭いが鼻先に漂う。
「口にする時は臭くないのにおかしなものよ」
 目の前で揺れる草をじっと見つめながら一遍は独り言を零した。思えば人はその躰で一生を表しているようにも思えてくる。人は何一つ身に着けずに生まれてくるが、多くの偏見や我執を身に着けて悪辣な姿へと変貌していく。

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