
冲方丁「マイ・リトル・ジェダイ」#018
オンラインゲーム『ゲート・オブ・レジェンズ』の世界大会に参加したノブとリン。
肩慣らしのレースが終わり、いよいよ本選を迎えた
彼らを待ち構えていたものは――
5
《七位⁉ 本当に⁉》亜夕美の声が、裕介のポータブルゲーム機から聞こえた。
《本当だ! やったね、リン!》という達雄くんの興奮した声や、《すごいじゃーん!》という明香里の笑い声がした。
《あそこで良い乗物とアイテムが手に入るとは、これは来てますよ芙美子さん》武藤先生の喜びの声に、《この強運をもっと高めないとね》という芙美子さんの真面目な声とじゃらじゃら数珠を鳴らす音が続いた。
《総合ポイントで十位以内に入ったからには次のバトロワでマークされるかも》善仁くんの緊張した呟きに、《でもだったらバトロワの序盤で逃げてくれる人も増えるし、負担が減るんじゃない?》と美香さんが意見し、《そうか、何か変だと思ったら、さっきのはバトルロイヤルというやつではなかったんだな》錠前剛瑠がいつも通りずれたことを言った。
会場のモニターでは下位のプレイヤーたちが次々にゴールし、やがてタイムレースが終了して参加した全員の順位が表示された。それまでゴール地点のマップにいたアバターたちが光に包まれて消え、自動的に大会参加用ロビーに移動した。
《チームのみんな、見てくれてたんだ》凜一郎が言って、暢光のアバターと「ハイタッチ!」のECを交わした。
「気が散るなら、あっちの声のボリュームを落とすか、オフにしてくれ」裕介が言いつつ、ポータブルゲーム機から聞こえる応援組の歓声のボリュームを落とした。
《大丈夫。集中してたから全然聞こえてなかった》
「おれもだ。あ、でもリン、会場の人たちが応援してくれてたぞ」
《それは何となく聞こえてた。やっぱ嬉しいよね。でも、まだマシューさんに追いつけないかー》
「ソードマンは短時間とはいえダッシュモードが使えるのと、マシューさんたちの建設速度が超速いからだ」裕介が冷静に分析して言った。「レースで勝つには、コース選択で勝負するか、ライダーだけが乗れる乗物を連続してゲットするかだと思う」
《もっと真っ直ぐのコース狙う、お父さん? でもそうすると素材足りないかなー》
「とにかく素材を集めるよ。それより、これからバトルロイヤルだぞ。そっちに集中しよう」
《あ、マシューさんと練習してたときみたいに、ラジオ体操やったら?》
「よし」暢光は即答した。「携帯電話に動画入れてあるぞ。第一だけでいいかな」
《うん! ユースフルさんもやる?》
「おれも?」裕介が目を丸くして周囲を見回した。「まあ……頭の切り替えにはなるか」
暢光は、携帯電話で動画を呼び出すとそれを再生して台に置き、裕介と並んでブース脇に立ち、おもむろにラジオ体操を始めた。何しろマシュー直伝のプレイ上達法であるので暢光は大真面目だが、裕介は首をすくめて恥ずかしそうにしていた。果たして周囲から遠慮がちな笑い声が聞こえた。「ラブユー、ダディ・ノブ!」などという声がどこからともなく飛んだ。観客だけでなく、近くにいるプレイヤーたちまで笑っていた。
だがマシューとレオナルドの方を見ると、彼らも体を伸ばしたり軽くその場で足踏みするなどして体を動かしていた。二人とも、暢光と裕介の様子に気づいて「グッジョブ」のECの真似をこちらへ向かってしてみせたので、暢光と裕介も彼らへ同じように返した。
気づけば他のプレイヤーたちも感化されたか、ブースから出て体を左右にひねるといったことをしていた。暢光と裕介と画面の中の凜一郎がラジオ体操を終える頃には、たいていのプレイヤーが立って体を動かすことで戦いに備えていた。
「よーし。ばっちり頭を切り替えられた」暢光は満足してブースに戻り、正しい姿勢でコントローラーを握り、凜一郎と「力がみなぎってきた!」のECを披露し合った。
「あんたのそういうとこ、見習わねーとな」裕介がまだちょっと恥ずかしそうに頭を搔きつつ、席についてポータブルゲーム機を膝に置き、「そろそろ時間だ」と言った。
やがてプレイヤーたちの頭上でレーザー光線が飛び交い、モニターにバトルロイヤルの開始を告げるムービーが流され、けたたましいアナウンスの声が響き渡った。
「さあ、お待ちかね! これより『ゲート・オブ・レジェンズ』世界大会、バトルロイヤル、第一ゲームを開始するウウウウウ! グループA百人、グループB百人に分かれ、それぞれ勝ち抜いたトップ五十人が第二ゲームに進む権利を獲得する! さあ準備はいいか、伝説の戦士たちよ! いざバトルのときだ!」
モニターに、『10』からのカウントダウンが始まった。ゲーム・ロビーに集うプレイヤーの前に突如として巨大な扉が現れ、それが左右に開いて光を溢れさせた。プレイヤーたちが次々に光に包まれ、それぞれのグループに分かれて、スタート用ロビーである何もない真っ白な空間に移されていった。
「スリィイイイ!」アナウンサーが叫ぶと、観客たちが声を合わせてカウントした。「トゥウウウウウ! ワアアアアン! ゲーム、スタアアアアアトオオオオオ!」
頭上のモニターと各人のプレイ用モニターに、円形の島の上空に巨大な扉が地面と平行に現れるムービーが流れ、そして百人ずつ、異なるマップへと放り出されていった。
「グループAだ!」裕介が告げた。「マシューさん、世界二位のマイケルのチームもいる」
暢光と凜一郎は、決めていた通りにサーキットエリアの一角に着地すると、「ハイタッチ!」と、さらに「行け行け!」のECを披露し合った。ちょうどモニターの分割画面の一つで二人の様子が映され、客席のどこからか「行け行け!」という声が上がった。
暢光と凜一郎がしっかり落ち着いて素材と武器とアイテム集めに精を出し始めると、裕介がこれも冷静な調子で言った。「マシューさんはサイバーエリア、マイケルは海賊船エリアに降りた。五十位以内になるまで、トッププレイヤーとのバトルは避けろよ」
暢光は、うん、とうなずき、ゲームに集中した。ラジオ体操をやったおかげか、思い通りに操作することができたし、早くもレベル五のショットガンをガレージの一角でゲットし、「リン! 武器!」と呼びかけて渡すことができた。
《ひゅう! やったね!》凜一郎がさっと暢光が渡したショットガンを取り、素材と乗物を求めて建物を壊しまくった。
「ほんと引きがいいな」裕介が感心した。
暢光自身は、壊した棚の中からレベル四のサブマシンガンとアサルトライフルを見つけ出して装備に加えた。回復アイテムとボムを二種類、手投げ爆弾と煙を噴出させるタイプを揃えることができた。
レース場にいくつかあるガレージの二つをあらかた解体し、アイテム収集を終えたが、乗物が見つからなかった。そのため凜一郎とともに少し離れた場所にある建物へ入ろうとしたところへ、暢光は遠距離からの狙撃弾を受けて、ごっそり体力を削られた。
「うお、撃たれた!」暢光はそう凜一郎に告げつつ、慌てることなく残った体力を有効に使った。素早く跳び回って相手の狙いを外すと同時に、周囲に壁と階段を建設して防御すると、高所に移動して回復アイテムを使用しながら、狙撃手の位置を探った。
こうした一連の操作も、これまた思い通りに――あるいは、ほとんど無意識にやってのけることができた。おかげで凜一郎に回復してもらうまでもなく体力を元通りにした上で、「バトルカーゴに乗ってる! 急いで乗物探して!」と危機を告げることもできた。