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冲方丁「マイ・リトル・ジェダイ」 #007

WEB別冊文藝春秋

勝利への突破口がみえないチーム・リン。
すっかり足手まといになってしまったノブはーー

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第四章 作戦開始‼
Let’s start our plan!!

 おれはものすごいゲーマーでも、物事がよくわかる人間でもないけど——とのぶみつは自分に前置きし——でも、これじゃダメだってことはわかる、と思いながら、卓袱ちゃぶだいの上のモニターを見つめた。
 今夜もチームでのプレイを終えたばかりだった。かれこれ五回目で、到底、意欲的とはいえないプレイだ。一応、十一人全員が集まったものの、もっぱら、りんいちろうたつくんの二人と、一人で自由に振る舞うと、残り八人に分かれてのプレイになった。
 ときおり凜一郎と達雄くんが暢光たちのプレイに参加し、大人たちの悪戦苦闘にしばらく付き合いつつ基本的なアドバイスを口にすると、自分たちのポイント稼ぎのためのプレイに戻るという有様だった。
 明香里は、母親に言われてチームに参加したかと思えば、「リンと遊ぶ方が上手くなる」と言って凜一郎がいるマップに移動して一緒に遊び、「なんか同じことしてると飽きちゃうよね」と言って、一人でミニゲームをしたりと気ままに振る舞っている。
 完全に凜一郎と達雄くんにとっては足手まといでしかなくなったチームを、どうしたらいいか、暢光にはまるでわからなかった。
 それでも最初のプレイに比べ、みな操作のこつやマップを覚え、ゲーム開始時点でほぼ壊滅状態ということは、あまりなくなっている。
 だが、練習を重ねるほどに、こんなのいわゆる「無理ゲー」だ、という気分がみなを支配していった。凜一郎を大会に出してやるための一般参加料を払うことはともかく、世界中の国でトップを狙う人々が一堂に会する「スーパー・バトルロイヤル」や「ビッグ・アスレチック」といったトーナメントに参加するには、ポイントが足らなすぎる。
 とう先生などは、早々に現実を悟り、暢光にだけこう言った。
「凜一郎くんと話したり一緒に遊んだりすることができるのは素晴らしいことだが、さすがに子どもがプロの大会に出るなんて無理だろう。それより、ゲーム会社に相談して、脳波コントローラーとやらで凜一郎くんが好きにいろんなゲームができるよう頼んでみてはどうだね? すごい大会にこだわるのも、あのゲームしかできないからだろう。他のゲームでも遊べるようになれば、大会にこだわるのをやめるかもしれない」
 とはいえ、ネットにある情報によれば、脳波コントローラーはシムズ社によるエイプリルフールのネタに過ぎず、実際、がシムズ社に問い合わせたが今にいたるまで返事がないのは、冗談を真に受ける面倒な客だと思われているからだろう。
 しかし武藤先生は、他に理屈が存在しないので、脳波コントローラーこそ最も可能性が高い説とみなしていた。さんが唱えるような、「霊魂がゲームに乗り移った」風なスピリチュアルな説は武藤先生の好みではないのだ。
「霊魂とか死後の世界とか、考えても仕方のないことは、考えない方がいい」
 というのが武藤先生の持論なのだが、それはともかく。暢光にとっての最優先事項は、凜一郎が現実世界への「帰り道」とみなす大会へ出場させてやることであり、そのための条件をクリアすることだ。それで本当に凜一郎が目覚めるのかはわからないが、今はそれしかしてやれることがなかったし、それができないことで凜一郎を失望させるのが怖かった。
 もちろん、父親として頼りないと思われることを恐れているのではない。辛いことだが、すでに何度もそう思わせてしまっているのだから。
 それより何より、凜一郎が、自分のしていることは無駄だと思った瞬間、ゲームの中からも消えてしまって、二度と話すことができなくなるのではないか。そう考えただけで、悲しみと恐ろしさでどうにかなってしまいそうになる。きっと亜夕美や芙美子さんも、同じように感じていることだろう。
 だから、もしシムズ社に相談するとしたら、
「どうか凜一郎を特別枠で大会に出場させてあげてもらえませんか?」
 ということになる。
 だが、それこそ何の冗談だと一蹴されてしまいそうだ。過去の大会を調べても、そんな特別扱いを許されたプレイヤーは見つからなかった。ユーチューバーやインスタグラマーなど何十万人というフォロワーを持つプレイヤーが、イベント招待枠でちょっとだけ出場するということはあるが、無名の日本人の子どもなど見向きもされそうにない。
 やはり、チーム・リンが、しっかりポイントを稼ぐことだけが、凜一郎の願いを叶えるゆいいつのすべなのだ。
 そう思うものの、どうすればそれができるのかがわからなかった。
 もっとゲームが上手い人にチームに加わってもらうべきだろうか? ネットで募集するとかして? でも自分のポイントを譲ってくれるゲーマーなんているだろうか? 中学二年生のために? それに、凜一郎の状況を説明して、受け入れてもらう必要もあるかもしれない。そうなると逆に、子どもの個人情報は絶対に保護すべき、とする亜夕美を説得せねばならないだろう。
 そうしたところで最終的に、相手の気が変わってポイントを譲ってもらえない可能性だってある。そんな心配がいらないという点では、やはり今のメンバーのままでいるべきだった。
 ではどうしたら、みなで勝つことができるだろう。いや、それ以前に、みなのやる気を出させることができるだろう。
「もっと勝てるようになれば、みんなもっとやる気が出るんじゃないかなあ」
 ぼんやりつぶやきながら、凜一郎がトレーニング用に作ってくれたリンリン・ワールドに入ろうとした。制限時間内に、アイテムや武器を集め、山ほど設置された射撃の的を全て撃ち抜かねばならないのだが、同時に橋や足場を建設し、落ちたら死ぬような谷やがけを越える必要がある。しかも途中から手が生えた射撃の的が登場し、様々な武器を使って攻撃してくるのだ。その度に巧みにかわしたり壁を建設したりして、身を守らねばならなかった。もちろん、制限時間が過ぎるとゲームオーバーになる。
 ゲームが上手くなるための要素がしっかり揃っているのだが、その分、暢光にとっては難攻不落としか思えないマップだ。
 せめて一度くらい、「ゴールしたぞ!」と凜一郎に報告したいものだと思いながら、そのマップに入ろうとしたとき、メッセージが送られてきた。
『今ちょっと時間あるか?』
 誰だろうと思ったらゆうすけだった。もう夜の九時半だ。明日の仕事のために十一時には寝るつもりで返事をした。
『ちょっとはあるけど、どうしたの?』
『チームのことで話があるから、そっちの駅のファミレスとかで会えるか?』
 暢光はひやりとした。もうこんなことはやってられないと言われるのだろうか。
『え? ゲームやめたいとか?』
 思わず尋ねると、ロビー画面に裕介のアバターが現れ、「なんだって?」のECをしてみせるとともに、メッセージが来た。
『なんでそうなるんだよ。この店で待ち合わせでいいか?』
 そしてファミレスのアドレスも送られてきた。ECを披露したり、メッセージを送ったり、アドレスをコピーしてペーストしたり、よくそんなにいろいろ並行してできるものだと感心しながら、暢光は『いいよ』と返した。
 上着を着て、きちんとゲーム機とモニターをオフにし、電気を消して玄関を出て戸締まりをした。
 電動自転車で十五分ほどかけてファミレスに到着すると、まだ裕介は来ていなかった。
 席に案内され、二人分のドリンクバーを注文した。ちょっと前なら、ドリンク代を払う余裕もないので、どこかのベンチで話したいと言ってただろうなあ。そう思いながらドリンクバーでお気に入りのルイボス・ティーを淹れ、席に戻ってお金の心配をせずファミレスにいられる幸せとともに、じっくり味わった。
 いったいなんの話だろう。ぼんやり考えたが、見当もつかないまま、しばらくしてリュックサックを肩にかけた裕介が姿を現した。ぱっと見た限り、だいぶ健康的になっていた。いかにも生きる目的が失われたというような無気力さはもう漂わせておらず、髭もきちんと剃っている。ちょっと前の老けた感じは薄らいでおり、座席に倒れ込むように、どさっと座ったりはせず、しっかり背を伸ばした姿勢で、行儀良く腰を下ろした。
「ドリンクバー、二人分頼んどいたよ」
「え? ああ、サンキュー。じゃ、ドリンク取ってくる」
 裕介はリュックを置いて早足でドリンクバーに行き、氷も入れずファンタオレンジをコップに注ぐと、また早足で戻ってきた。まるで大急ぎで話さねばならないことがあるというようだ。
 暢光は、裕介がコップをテーブルの隅に置いてリュックを開くのを見ながら、訊いた。
「氷、入れないの?」
「え? ああ、忘れてた」
「入れてくる?」
「いや、いい」
 と言って、A4用紙の束が入ったクリアファイルと赤ペンを取り出した。クリアファイルの中に入っている紙の一枚目には、『ゲート・オブ・レジェンズ』のバトルロイヤル・モードのマップがカラー印刷されていた。マップは、赤ペンで書き込まれた印や矢印だらけだ。
「チャットや電話じゃ説明しにくいから来てもらったんだけど、何から話すかな」
 裕介がクリアファイルの中身を出して扇状に広げた。マップだけでなく、ロールやアイテムや武器の一覧、そして事細かに書かれた、修学旅行の班分けと行程表みたいなものが何枚もあった。
「えっ、何これ?」
「あー……チームの作戦っつーか、最適なロールっつーか、いろいろ考えたんだ」
「ええっ、ユースケくんが? なんで?」
「今のままじゃ全然勝てないだろ」
 裕介が真面目な調子で言った。
「う、うん」
「このゲームって、いろんなことをしなくちゃならないんだ。バトルだろ、アイテム集め、建設資材集め、建設。あと、仲間がやられたら、時間内に回復させないとだ。全員がどれも上手くなるなんて、大会までの期間を考えると全然無理だろ。だから一人一人、やることを決めて、ちゃんとできるようにするんだよ」
「やること?」
「あー、今ってさ、いきなり一箇所に集まろうとしてるだろ。スタートから」
「うん」
「そのせいで武器もアイテムも不足するんだよ。考えてみりゃ当たり前だ。十一人が……ていうか今は八人でやることが多いけど、それでも、何も持ってない初期の状態で塊になってちゃ、全員分の弾薬なんか手に入るわけない。一つのエリアに出現するアイテムは限られてるんだから」
「そっかあ。そうだよねえ。みんなで集まれば、誰かがやられても別の誰かが回復させてくれると思ってたけど……」
「まとめてやられるだけだ。回復役も決める。これを見てくれ」
 裕介が、班分け表みたいなものをこちらに向けた。みたいなもの、ではなかった。本当に班分け表だった。十一人全員のIDネームが並んでおり、それぞれに、選ぶべきロール、役割、揃えるべき武器やアイテムまで記されていた。
「これ、一人で作ったの?」
「ああ。攻略サイトやプレイ動画なんか参考にしてな。おれたちのプレイも全部、動画データとってあるから、見たいならコピーやるよ」
「えっ、動画? 配信するの?」
「んなわけねえだろ。誰がどんな風にプレイして、どのロールに向いてるのかとか、見るためだよ」
「へえええー。すごいこと考えるね」
「おれじゃねえよ。『ゲーレジェ』のプロチームがやってること真似してんの」
「真似できるのだってすごいよ。本当、君って賢いんだね」
「あー……おれのことはいいから。この表を見ろって。まず、このチームの目的って、要はさ、リンとタッキーを勝たせてポイント取らせることだろ。そのために全員の役割を決めるんだよ。たとえば、あんたとヨッシーとミッキスで、武器と弾薬とアイテムを集める。そんで、レベルの高い武器が手に入るたび、リンとタッキーの武器と交換するか、武器をマップのどこかに置いて二人に拾わせる」
 マップのあちこちで見つけられる武器は、レベル1からレベル4まであって、レベルが高くなればなるほど威力や射程距離、装塡可能な弾数などが上がるのだ。
 確かに良い作戦だ、と暢光は感心したが、それよりも裕介がみなをゲーム中のニックネームで呼ぶことが新鮮で、うんうんとうなずきながら微笑んでしまった。裕介はプレイ中まったくといっていいほど喋らないのだが、こんな風に真剣に考えてくれていたことも嬉しかった。
「あんたの元奥さんのウォーカーさんだけど、いっつもアーマーを選ぶんだよ。でもスナイパーライフルばっか使いたがるし、仲間が倒れると真っ先に回復させに行くんだよな。だったらロールは、アーマーじゃなくて、回復が得意なガーディアンを使ったほうがいい。そんで、アカリンと一緒に回復役に専念したほうがいいと思う」
「明香里と?」
「すばしっこいし、生き残るのが上手いってのと、ウォーカーさんの言うことなら聞くだろ。ウォーカーさんも、アカリンのプレイを見て参考にできるし」
「へえー。確かに。明香里もガーディアンにするってこと?」
「その方がいいと思う。でもライダーでいたいっていうんなら、乗物にウォーカーさんを乗せて移動できるし、どっちでもいいかな。あと、おれとミッキスもガーディアンになって、それぞれのグループにいれば、チーム全体の生存率を上げられるはずだ」
 そう言って裕介が差し出したのは、過去のプレイでチームがどれだけの時間、他のプレイヤーに倒されずにいたかをバーグラフ化したものだった。
「横線は噴火のタイミングな」
 裕介がグラフを指さして言った。スタートから十分が経過すると、マップの外縁辺りのあちこちで噴火が起こり、ミストと呼ばれる毒ガスが外周から内側へと広がり始めるのだ。ミストに呑まれると体力ゲージがどんどん削られ、一分と経たずゲームオーバーになって、手に入れたアイテムを全てばらまくことになる。
 広いマップでプレイヤーたちが姿を隠したまま、まったくバトルが行われないといったことを防ぐため、プレイ可能な場所をどんどん狭めていくのだ。たいていミストがマップ全体を覆ってしまう前に、プレイヤー同士が激しく戦い、最後まで生き残った一人が勝利を収める。
 そのファイナルバトルの舞台がどこになるかは、そのときどきのミストの広がり方によって異なる。マップの中央にあるセンターシティ・エリアのどこかになる、ということしかわからないため、頑張って築いたとりでが、不幸にも早々にミストに呑まれてしまう場合もある。
「何度か、噴火までチームが生き残れたプレイがあるだろ」
 裕介がグラフのバーの一つを指さした。スタートから十分のところに横線が引かれており、何月何日の何回目のプレイでそうなったか一目瞭然だ。
「このときなんか、リンやタッキーだけじゃなく、ミッキス、アカリン、あとあんたが、噴火のあともけっこう頑張ってた。覚えてるか?」
「うん。なんとなく」
「このとき、おれがガーディアンだったことは覚えてるか?」
「えーと、みんな何度かユースケくんに回復させてもらってたっけ」
 暢光は、てっきり裕介がみなの信頼を得ようとしてそうしていたのかと思っていた。いや、それもあるだろう。だがそれ以上のことを山ほど考えながらプレイしてくれていたのだ。
「このときたまたま、アカリンもミッキスもガーディアンだったんだよ。ヨッシーとミッキスって、ロールをいろいろ試すけど、おれが見る限り、ヨッシーがライダーで、ミッキスがガーディアンになるのがいいと思う。あと、なんでか、ミッキスもウォーカーさんに従うし」
「そうだっけ」
 暢光は天井を見上げて、プレイ中の亜夕美とさんがどんな感じだったか思い出そうとしたが、思い当たるところがなかった。
「けっこう二人だけでチャットしてるぜ。気づかなかったのか?」
「え、なんでだろう」
「さあな。彼氏の事故のことで泣きついてるって感じでもねえけど。気になるならウォーカーさんに聞いてくれよ」
「あー、うん」
「とにかくそんな感じで、最適なグループ分けを考えてみたんだ」
 裕介が、班分け表を改めて指さし、暢光も、しっかりとそれを見つめた。

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