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冲方丁「マイ・リトル・ジェダイ」#015

WEB別冊文藝春秋



息子とともにオンラインゲームで世界一を目指すノブ。
救世主のごとく現れたのはトッププレイヤーのマシュー。
彼はノブのために、クラウドファンディングを行うと言うのだが…

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《爆発しました。とても大変なことになりました》
 マシューが、両手で山の形を作り、それが爆発するようなジェスチャーをしてみせ、
どっかーんカブーム!》
 と、わざわざ付け加えた。
 ゲーム配信用カメラとマイクを使った、一対一のオンライン通話だ。
 暢光は、てっきり大炎上したのかと思い、ぞっとした。
「例のクラウドファンディングで、トラブルが生じたのですか?」
 マシューが、えっ? という顔になり、両手の平で画面を拭うように左右に動かした。
《ノー、ノー、ノー。すいません。こう言いたかったのです。想像を遥かに超える、今までに見たことのない大反響ですよ、とね》
 暢光は、何よりマシューの屈託のない笑顔に、心底ほっとした。そして、自分も亜夕美ほどではないが、ネットにプライバシーを露出することで何か悪しきことが起こるのではないかと心配するたちなのだと自覚させられた。
「それはよかった。リンを応援してくれる方が、大勢いてくれるのは嬉しいです」
《リンクンだけではありません。チーム・リンギングベルの全員のプレイネームが、熱くバズるキーワードとなりました。証拠に、こちらを御覧下さい》
 マシューのパソコンの画面が共有され、『ダディ・ノブと息子リンギングベルのチームを応援するクラウドファンディング』のサイトが現れた。
 メインは英語だが、日本語をふくめ多数の言語に対応している。
 下部には、サイト管理者だけが見られる棒グラフやチャートが表示されており、マシューが暢光に見せたいのはそちらだった。発表から三日間でどれほどの人間がサイトを見て、どんな反応をしたかを意味しているらしい。だが暢光には色とりどりの図形が並んでいることしかわからなかった。
《すごいでしょう!》
 ぼんやりしたままの暢光をよそにマシューが興奮気味に言った。
《これらは、あなたとチームのみなさん、そしてリンクンの言葉が、大変良い意味で、多くの人の心に届いたことを示しています。特に、あなたが私に送ったメッセージは素晴らしい。私が心を動かされたように、百万人以上の人々が好意的に反応しています》
 暢光は不思議な気分だった。別に大勢を感動させたくてメッセージを送ったわけではないのだ。
 とはいえもちろん味方が大勢いるような気分にさせられるのは悪いことではない。寄付金も想定以上に集まっているらしく、その分だけ亜夕美を苦労させずに済むのはとてもありがたかった。
 それに、サイトに掲載されたチーム・リンのメンバーのコメントを読むだけで、嬉しい気分にさせられた。それらはマシューが彼の弁護士や会社のスタッフ、そして武藤先生の同席のもと、オンラインでメンバーにインタビューしたものだ。辞退する者もいるだろうという暢光の予想に反して、全員が積極的にコメントを提供してくれたとマシューは言った。
『私はダディ・ノブから訴えられるはずの人間でした。でもダディ・ノブはそうしなかった。代わりに息子のリンギングベルを大会に出すために協力してくれと私に言った。自分は彼の期待に応えたい。あと、私の言葉を公開する条件は、誰も噓をつかないことです。もう二度と、噓で金を稼ぐ真似はしたくありませんから。これ以上、天国にいる母親を失望させたくないんです。私がダディ・ノブとリンギングベルのためにプレイするのは、何一つ噓がなく、純粋に善いことだと心から信じられるからです』
 ユースフルこと裕介のコメントだ。マシューいわく、とても真実味のあるコメントで共感されやすいはず、とのことだった。暢光も、裕介のこんな素直な言葉を知ることができて思わず感動してしまったほどだ。
『私は、ダディ・ノブのおかげで、犯してしまった過ちを償う機会を得ることができました。リンクンのサポートのためにプレイできることは僕にとって一番の救いなんです。僕の今の願いは、リンクンが大会で活躍できるよう、最善を尽くすことです』
 こちらはヨッシーこと善仁くんのコメントだ。とても前向きな感じがして、よかったなあ、と暢光は思う。後悔と自責の念に支配された学生生活なんて、想像するだけで悲しくなってしまう。
『リンギングベルの両親、ダディ・ノブとマミー・ウォーカーに出会ったことは、間違いなく私とヨッシーにとって幸運でした。二人は、私たちが彼らに不運をもたらしてしまった事実を受け入れ、私たちにチャンスと、そしてより良い人生を与えてくれました』
 ミッキスこと美香さんのコメントだ。亜夕美に対する感謝の念がにじんでいて、微笑ましい気持ちにさせられた。
『ダディ・ノブは不思議な人物だ。暢気者ですぐにだまされるくせに、彼を信じたくなる。たぶん、彼が人を信じる天才だからだろう。悪いことをした人間も、良いことをした人間も、区別なく信じてやれるというのは、誰にでもできることではない。被害者も加害者も一緒になってゲームをプレイするなど信じられないことだが、それを変だとも思っていないのが、ダディ・ノブの面白いところだ。彼らとのプレイ自体、弁護士としては、得難い報酬だと思っているよ』
 オクタマこと武藤先生のコメントだ。へえ、こんな風に思ってくれてるんだ。それも嬉しいが、それよりも、次から次に増える仕事を快く引き受けてくれる武藤先生には感謝しかない。
『リンギングベルの主治医のドクターTです。彼の回復については未知数なことが多いと言わざるを得ません。しかし彼がゲームをプレイするたび、私はむしろ彼に勇気づけられています。彼は自分が夢を叶えると信じて疑わず、その身に起こった不幸をものともせず努力し続けている。そんな彼に勇気づけられない人がいるでしょうか。彼の姿に、私は自分の人生のポイント獲得を忘れていた気にさせられる。どうか彼とダディ・ノブを応援して下さい。私はゲームプレイと、マミー・ウォーカーのサポートに全力を尽くします』
 ドクターTこと錠前たけまでコメントを提供するとは思わず、ちょっと驚いたし、そもそも主治医だったことも知らなかった。亜夕美に関してのコメントは相変わらず、いちいち引っかかるものだったが、凜一郎に肩入れしてくれているのは確からしい。
『息子のリンギングベルの願いを叶えることには、正直、戸惑いがありました。ナースである私は、彼に必要なのは治療だと思っていたからです。でも今は、家族全員でゲームをプレイする時間を何より大切にしています』
 ウォーカーこと亜夕美のコメントだ。最初に読んだとき、「家族全員」という言葉を、暢光は何度も見つめてしまったものだ。自分もまだ家族だよな。亜夕美にわざわざ確認するのも気が引けるので訊いていないが、きっとそう思ってくれているに違いない。
『兄のリンギングベルが大会に出られたら嬉しいです。そして、早く元気になってベッドから出られると良いなと思ってます』
 アカリンこと明香里のコメントだ。短い言葉に明香里の思いが詰まっているのを感じて暢光は胸が苦しくなった。正直、亜夕美がコメント提供を許すとは思わなかったが、それだけマシューと武藤先生を信じているのだろう。
『ダディ・ノブは善いお馬鹿さんなんです。そんな彼が集めたチームメイトは、過去に何があったにせよ、みんな善人です。そんな環境を子どもに与えてやれるんだから、私は正直、ダディ・ノブを見直しましたよ。善い行いをしたいというみなの願いは、きっと良い運気を招くでしょうね』
 フーミンこと芙美子さんのコメントに、暢光のほうは頭が下がる思いだ。スピリチュアルな一言を忘れないところが芙美子さんらしい。
『リンギングベルは僕の大事な友だちです。彼に起こったことはとてもショックでした。でも、今も僕たちが大好きなゲームを一緒にプレイできることが嬉しいです。「ゲート・オブ・レジェンズ」の大会に出るという夢を、リンギングベルと一緒に叶えたいです』
 タッキーこと達雄くんも、両親の立ち会いのもとでコメントを提供してくれたとのことだ。暢光としては、凜一郎だけを大会に送り出すのではなく、親友の達雄くんもパートナーとして出してやりたいと改めて思わせられる言葉だった。
 最後に、マシュー自身もこのように言ってくれていた。
『なぜ私が、自分のチームのポイント・アップではなく、チーム・リンギングベルに協力するか? なぜなら彼らが、私の理想とするゲームプレイを体現してくれているからです。勝利は、善き行いの結果としてあるべきだという理想です。私はリンギングベルと、そのパートナーとなる人物が大会に出られることを望みますし、彼らとバトルすることに、チャンピオンとして醍醐味を感じています。どうか私と一緒に、ダディ・ノブとリンギングベル、そして彼らのチームを応援して下さい』
 思えば、暢光も彼らに面と向かって参加の理由を問うたことなどなかったし、凜一郎のためにポイントを取るのに夢中だったことを反省させられもした。
 他方でマシューは、抜かりなく会社のことを考えてもいた。
《私の会社のリサーチによれば、ダディ・ノブとリンギングベルの話題が広まったことによって、『ゲート・オブ・レジェンズ』の世界大会に対する否定的な意見が激減しました。シムズ社の株価も回復の傾向を示しています。この調子なら、私と私の会社が、世界大会開催を阻む要素を一つずつクリアしていけるでしょう。私に協力してくれる頼もしいスポンサーやインフルエンサーもいますから、必ず大会を開催させてみせます。ありがとう、ノブ》
「いいえ、御礼を言うのはこちらです、マシュー。本当にありがとう。大勢があなたを信頼しているからこそです」
《大勢のアンチもいますけどね》
 マシューが、目をぐるりと回してみせた。知ったことではないが、という感じだ。
《心ない人間はいくらでもいるものです。チーム・リンギングベルのプレイ環境は、我が社のスタッフが全力でクリーンに保ちます。冗談半分のよからぬジョークや皮肉が殺到してうんざりさせられるといったことがないよう、くれぐれもチームメイト全員のID設定を、私が指示したままの状態にすることを、徹底して下さい。特にチャイルドモードのIDに何とかアクセスしようとする、ダーティな大人を遠ざけねばなりませんから》
「わかりました。あなたがいてくれて助かります。私たちだけでは、何に気を遣っていいかもわかりませんでした」
《お安い御用です。あなたたちを応援してくれる人たちの期待を裏切らないよう、今夜もしっかりポイントを稼ぎましょう》

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