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ピアニスト・藤田真央#15「そのアクセントが、演奏を進化させる――ブラームス《ピアノ協奏曲 第2番》」

毎月2回語り下ろしでお届け! 連載「指先から旅をする」

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 めくるめくような欧州の音楽祭シーズンを終えて、秋には久しぶりに日本に帰ってまいりました。
 10月7日(金)はわたしのワールドデビューの日。レコーディングから約1年、ようやく皆さまのもとへ『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』をお届けできたこと、嬉しい限りです。
 同日夜には「報道ステーション」でモーツァルトの《ピアノ・ソナタ 第9番 ニ長調 K.311》を生放送で弾きました。   
 そのほかにも記者会見に登壇したり、たくさんの取材に答えたりと、なんだか慌ただしい一週間でしたね。

 翌週からは、もはやわたしのライフワークとも言える〈オール・モーツァルト・プログラム〉の第4弾がスタート。10月14日(金)の福山から23日(日)の軽井沢まで全国6都市7公演を巡り、28日(金)、29日(土)には《ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488》で水戸室内管弦楽団と共演しました。まさにモーツァルト一色の幸福な一ヶ月でした。

◆ブラームス《第2番》を初披露

 そして11月17日(木)には、新幹線に乗り込み山形へ。19日(土)、20日(日)に行われる山形交響楽団の定期演奏会で、わたしはブラームスの《ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品83》を初披露するのです。指揮は山響の常任指揮者、阪哲朗ばんてつろうさんです。
 リハーサルは17日(木)、18日(金)の2日間。《第2番》をオーケストラと初めて合わせるということで、リハーサル初日はむずむずと落ち着かなさがありました。初めてコンツェルトを合わせるときは、いつもこうなるのです。ひとりでピアノに向かっている時に頭の中で鳴っていたオーケストラの音と、実際に合わせたときに肌で感じる音色にギャップが生じているからなのですが、何度か繰り返す中で徐々にチューニングされていきます。
 今回は1日4コマ(1コマは1時間)のリハーサルのうち、初日は3コマ分みっちり私との譜合わせに充ててくださったので、ありがたかったですね。阪さんとは初共演でしたが、長くヨーロッパでお仕事をされていたこともあってか、率直なコミュニケーションをされる方で、安心しました。

 リハーサルが始まると、阪さんの指揮の凄みに圧倒されました。彼の指揮はきめ細かく丁寧で、とにかく美しい。タクトさばきがなめらかで、その振り方を見るだけで、音楽の流れというものをすごく大切にする方なのだとわかります。一音ずつの意味を正確に捉えた上で、それぞれの音がどのように繋がり、どのような音色で表現されるべきなのかを考え抜く――そうして、導き出された結論をタクトで細やかに伝えられるのです。
 何より驚いたのは、彼の拍の捉え方です。《第2番》はリズムの解釈が難しく、タクトを縦に刻んでしまって曲が止まりがちです。それが、阪さんのタクトだと一気に推進力が上がり、豊かでダイナミックな動きが生まれました。

◆そのアクセントが、演奏を進化させる

 さらに今回阪さんは、本番の舞台に上がる直前に、「もっとブラームスらしさを出す方法があるかもしれない」と、わたしにある提案をされました。
ブラームスが《第2番》を書き上げたのは、彼が48歳のとき。ブラームスの生涯の想い人、クララ・シューマンとの出会いから20年以上、生活も仕事もますます充実し始めた円熟期の作品です。

 《第2番》第1楽章 Allegro non troppo の冒頭に現れるピアノのカデンツァのパートは、クララとの恋を振り返って書いたとされる、悲しみに満ちたパッセージ。わたしはここを抒情的に演奏していたのですが、阪さんは「この曲を聴いていると、過去の恋愛にいまだ痛みを感じながらも、前に進もうとしているブラームスが見えてこない?」と仰ったのです。思わずはっとしましたね。

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