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河野裕「愛されてんだと自覚しな」#008

WEB別冊文藝春秋

幻の古書「徒名草文通録」を奪取すべく、城崎温泉に乗り込んだ杏と祥子。
「文通録」を求め、クリスマスに盛り上がる神々の宴にいざ乱入!

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 食うだけ食ったがアルコールはビール一杯に留めたから、そう時間は経っていない。店を出たのは、午後七時になる頃である。
 私はしよじんじやに顔を出し、おみくじを三度引き直してから宵待亭に戻った。今夜はオモイカネさんが主催するクリスマスの宴があるそうだ。そこにノージーさん、浮島さんと共に乗り込み、注意を引く役を仰せつかっている。
「さあ、ショータイムの始まりだ」
 浮島さんがずかずかと廊下の先へと進み、目当ての部屋の戸を開いた。彼の大きな背中に隠れて、ギターケースを抱えたノージーさんが震えている。
 部屋では料理と共に、神連中が顔を揃えている。カコさんから聞いた通りの四柱——イチさん、オモイカネさん、湯山主神、下照姫に加え、数々の小神たちが集められているようだ。一八畳ほどの一室が、神と膳とで満杯だった。
 上座に座ったイチさんが、「なんだ?」と凄みを利かせた声と共に、蛇の瞳をぎょろりとこちらに向けた。
 対する浮島さんは、軽やかに膝を突いて平伏する。
「これはこれは、畏れ多き神々の皆様。はばかりながら申し上げます。私、郡に暮らす浮島龍之介と申します。今宵は厚かましくも皆様に——」
 頭を低くしたまま発する浮島さんの声は、朗々と響く見事なものだった。
 けれどこれを、イチさんが短く切り捨てる。
「黙れ。耳障りだ」
 神にこう言われては、さすがの浮島さんもぴたりと言葉を止めてしまう。——かのように思われたが、彼は真下の畳をみつめたまま、すっと息を吸って続けた。
「今宵は厚かましくも皆様に、失せ物を見出すご利益を賜りたいと考え参上致しました。中でも湯山主神におかれましては、真に有難いご神託を下さいましたので、こうして宴の場に押しかけた次第でございます」
 応えたのは、イチさんの隣に座った赤ら顔の大男——湯山主神である。彼は高い鼻を浮島さんに向け、酒焼けのようなかすれ声を出す。
「まるで覚えがないな。神託とはなんのことだ?」
「はい。たしかに、この通り」
 浮島さんは頭を垂れたまま、片手を横に伸ばして私を指す。
 私はダッフルコートのポケットから薄い紙を取り出して告げた。
「先ほど、湯山主神を祀る四所神社で願掛けの後におみくじを引かせて頂いたところ、なんと運勢は大吉であり、失せ物には『出る』とありました。この有難きお言葉のご利益、さっそく頂戴致します」
 真面目を装って話しながらも、つい失笑しそうになる。おみくじを掲げて「神託であるから書かれている通りにしろ」と迫るのは、我ながら恥知らずこの上ない。神といえども思いもしない言い掛かりだろう。
 湯山主神の方も怒ったものか呆れたものか、困った様子で頭を搔いている。
「ああ、いや。そう言われてもな。——まあ、良い。失せ物とはなんだ?」
 浮島さんが身を起こし、に満ちた声で問いに応える。
「こちらの岡田杏がその想い人と共に古より記し続ける、徒名草文通録という名の書でございます」
 面白げに成り行きを見守っていた小神たちが、これを聞いてざわめく。今宵の宴はイチさんろうらくの為のものであり、そして文通録こそが、イチさんが封じられていた書であると知っているのだろう。
 けれどそのざわめきは、イチさんの言葉で消え去った。
「騒ぐな」彼はくっと盃をあおって続ける。「あれはオレが奪ったのだ。然るに、失せ物ではなく盗品である。さてこの中に、オレの盗みを裁こうという神がいるか?」
 堂々たる開き直りである。
 彼の言葉、馬鹿げているようで、実のところ反論が難しい。神とはなんらかの形で自身の性質に依存するものだ。縁結びの神は色恋を蔑ろにできず、息災の神は疫病を蔑ろにできない。しかし私が知る限りにおいて、この国の神々は盗みに緩い。だいたいが悪を裁く思想は仏の教えにるところが大きく、神々の方は問題が起きても「困ったねえ」と寄り合ってばかりである。
 けれど神の中に一柱、声を上げる者がいた。
「では、僕は有罪に一票」
 癖の強い髪をもっさりと伸ばした、神々の中でただひとりスーツを着た眼鏡男——件の賢神、オモイカネさんである。彼は手にしていた赤筒の煙管を煙草盆でかんとやり、リズム良く続ける。
「僕は智の神であり、人の法とは学問の結晶。よって盗みは蔑ろにできません。それになにより今夜のパーティー、主催するのはこの僕です。こういった宴のプロデュースには自信があるのですが、どうにも盛り上がりに欠けていけない。ちょうどテコ入れの策を考えていたところです」
 ふん、とイチさんが鼻で笑う。
「ではこれから、オレとお前でやり合うか?」
「いえいえ、まさか。腕力でこの僕が、貴方に敵うはずがないでしょう」
「なら口をつぐんでおけよ」
「ええ、間もなくそう致します。ですが、もう少しだけ。この地は城崎であり、文通録は伊和大神の氏子のものです。であれば、貴方よりも先に口を開くべき神がいる」オモイカネさんは煙管で順に湯山主神、下照姫を指す。「城崎の氏神と、彼女の氏神。この二柱の考えで話を進めるのが筋でしょう」
 これまで黙り込んでいた下照姫が、不快そうに顔をしかめる。
「なにを企んでいるのか知りませんが、私を巻き込まないでくれる?」
 余談だが、下照姫はオモイカネさんを嫌っている。過去にあれこれあるのである。
 彼女の言葉を、肩をすくめてやり過ごしたオモイカネさんは、湯山主神に水を向ける。
「さて、どう致します? 客人の言い分は貴方の神社のおみくじです。ならば、まずは貴方から考えを示すべきでしょう」
 湯山主神は、苦笑を浮かべて頭を搔いた。
「そういう貴方は、どう考える? 高天原の相談役だろう」
「そうですねぇ。神は神社を参った者の祈りに耳を傾けて然るもの。けれどおみくじ一枚で神恵を得ようというのは、さすがにどうにも強引です」
「うん。誠に、同感である」
「ですから、奉納を競わせてはどうでしょう?」
 浮島さんが驚いた様子で、「奉納」とささやいた。
 実はこちらが用意していた手も、その奉納だったのだ。裏でこそこそと動いている和谷さんが文通録をみつけだすまで神々の注意を惹きたい私たちは、浮島さんが口八丁で神々を丸め込み、「おみくじで不足なら」とノージーさんの歌を納めるつもりでいた。
 ——これはオモイカネさん、私たちの思惑を見通しているのでは?
 察した上でこちらが用意した筋道に、周囲の神々を乗せようとしている風でもある。
 オモイカネさんが話をまとめる。
「どんな芸でもかまいません。この者たちに余興をやらせ、神の御眼鏡に適えば失せ物をみつけてやる。そうでなければ、捨て置けばいい。このように演者に賭けるものがあれば、観る方も盛り上がりましょう」
 彼の言葉に小神たちが「おお!」「やれ! やれ!」と騒ぎだす。彼らにとっては文通録の因縁など他人事であり、酒の肴になればなんでも良いのだろう。
 けれどこの流れ、イチさんが許すはずがない。——私はそう考えていたが、奇妙なことに彼は黙り込み、つまらなそうに酒を飲むばかりだ。思えば先ほど庭で会ったときから、どうにもイチさんに元気がない。
 一方、人の側では浮島さんが立ち上がって両手を広げ、高々に宣言した。
「ご機会を頂き、誠に有難うございます! 私共、出し惜しみは致しません。一番手は数々の新人賞を総なめにしたポップミュージック界の雄、ノージー・ピースウッドの歌唱をご覧に入れましょう!」
 これに小神たちが、「おお!」と感嘆の声で答える。「まじで? プロなの?」「オレ知ってるよ。テレビに出てたよ」と、反応は上々だ。
 無論、ノージーさんは本職であるから、まずまず歌が上手いだろう。けれど彼は、筋金入りの弱腰だ。いかに一八畳の宴会場が舞台といえども、客席を埋めるのが神であれば、身体が震えもするはずだ。
「大丈夫ですか?」
 私が小声で気遣うと、彼はギターケースを開きながら、弱々しくも笑ってみせた。
「最近じゃあ、ステージに立つたびに感じていることがあるんだ」
「ほう。なんです?」
「お客さまは神さまです」
 ノージーさんは「普段通りにやってくるよ」と囁いて、オモイカネさんがてきぱきと用意したカラオケセットのマイクへと向かった。

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