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#別冊小説

【㊗発売即重版!】ピアニスト・藤田真央さん初著作『指先から旅をする』

 ピアニスト・藤田真央さんによるエッセイ&語り下ろし連載「指先から旅をする」がこのたび本になりました。 弱冠24歳にして「世界のMAO」に 2019年、20歳で世界3大ピアノコンクールのひとつ、チャイコフスキー国際コンクールで第2位入賞。以降、世界のマエストロからラブコールを受け、数々の名門オーケストラとの共演を実現させてきた藤田さん。 現在はベルリンに拠点を移し、ヴェルビエ音楽祭、ルツェルン音楽祭といった欧州最高峰の舞台で観客を熱狂させています。 エッセイ&語り下ろし

岩井圭也が「どうしても南方熊楠を書きたかった!」その理由――和歌山で撮影した40枚超の写真とともにお届け

 小説家にとっては、すべての作品が勝負作である。苦心して執筆した作品は作者の分身同然であり、我が子のような存在だ。大切でない作品など一つとして存在しない。それを承知のうえでなお、私は断言する。  2024年5月15日に刊行した長編小説『われは熊楠』は、私にとって特別な作品である。  小説は、ときに書き手の意志を超えて展開することがある。『われは熊楠』を書いている間、何度もそれを思い知った。  本作は、一八六七(慶応三)年生まれの南方熊楠という研究者を主人公に据えた小説だ。主

小田雅久仁 「夢魔と少女」〈中篇〉

九 その後も母屋の探索を続け、わずかではあるが新たな情報を得た。居間のサイドボードの上に並べられていた写真からわかったことだが、男はどうやら一人息子だったようだ。四枚の家族写真のうち、いちばん古いものは、男がまだ一歳か二歳のころで、自分の顔ほどもある大きなハンバーガーを手に満ち足りた頰笑みを浮かべている。どんな悪党でも無垢の煌めきを放つ瞬間はあったのだ、という事実を示す貴重な一枚なのかもしれない。  男は両親がかなり歳がいってからできた子供のようで、一人息子が生まれたとき、母

門井慶喜「天下の値段 享保のデリバティブ」#004

第3章 1年後、江戸。  享保10年(1725)秋。府下は黄色い霞に覆われていた。上州方面よりの乾燥した風、いわゆるからっ風が強く吹き、それが砂ぼこりを巻き上げたのである。  からっ風は、ふつう冬に吹くものである。それがこの年に限ってはどういうわけか一足も二足も先に来たので、人々は、 「こりゃあ何かね、天変地異の前ぶれかね」  とか、 「この夏は夕立が多かったから、こんどは水が涸れる番さね」  とか、 「火の用心。火の用心」  などと言い言いした。うっかり竈の火種を外風にさら

門井慶喜「天下の値段 享保のデリバティブ」#003

第2章(承前) 全体に、堂島の米市場は、まず2種類の建物がある。  ひとつは米会所である。市場全体を統括する本部のようなもの。具体的には米仲買の監督、紛争の裁定、相場情報の記録と公開などをおこなう。  もうひとつの建物は消合場で、これは清算所である。主として帳合米(先物取引)の清算をおこなう。  米会所と消合場は、ならんで道の北側にある。川とは反対の方角である。逆にいえば道そのものには何もないので、この空間が、つまりは無数の取引の生まれる現場というわけだった。  淀屋橋時代に

一穂ミチ「アフター・ユー」#004

 夢か、それとも、俺の頭がどないかなってしもたんやろか。夢やとしたら、どっからや。 『青さん?』  受話器の向こうからは、確かに多実の声がする。ありえない。 『どうしたの? 何かあった?』 「多実」  そろりと口にした。通話相手が多実であると認めてしまった瞬間に、夢から覚めるとか、電話ボックスが消え失せて受話器を握ったままのポーズで青吾だけが間抜けに取り残されてしまうとか、何かが起こるのではないかと思いながら。 『うん?』  いつもと、今は戻れなくなった「いつも」と変わらない

一穂ミチ「アフター・ユー」#003

 羽田空港の待ち合わせ場所で沙都子を見つけた瞬間、何より先に「一緒に歩きたくない」と思った。 「太陽の塔」という金色のモニュメントの下にいた彼女のいでたちは、白いつば広の帽子、大きなサングラスにふくらはぎと足首の中間くらいまでの丈の白いワンピース、華奢なストラップのサンダルも白。キャリーバッグを家来のように従え、クリーム色のカーディガンを肩に羽織った姿はどこぞの女優がバカンスにでも出かけるところかと思うほどさまになっていて、だからこそこっちはいたたまれない。エーゲ海とかに行く

高田大介「星見たちの密書 エディシオン・クリティーク」#003

3章 もって「市井」と言うが如し 昨晩の夜半にトゥレーヌ地方を撫でていった軽めの嵐のせいで、まだ湿った様子の農道には濡れ落ち葉が散り敷かれ、セリアの運転するディーゼル四駆のステーションワゴンはたびたび落ちた小枝を踏み折っていた。  濃いめの霧が行く手を遮り、視界は50mぐらい先までしか利かない。そんな霧の農道を結構なスピードで車は切り裂いていく。くねくねとうねるような農道だが巡航速度はともすれば80㎞/hにもおよび、修理としては少し恐怖を感じていた。セリアの助手席に着いたレテ

高田大介「星見たちの密書 エディシオン・クリティーク」#004

#003へ / #001へ / TOPページへ   中西部の隣町同士の関係ってどういうものなのか——修理の抱いた素朴な疑問についてギィは実地調査を提案していた。データや文献を離れて「とりあえず現場に行ってみよう」という発想は、なるほど地理学徒、史学徒ならではの実地検証重視主義からくるのかもしれないし、そもそもバイクを一跨ぎ、どこにでもすぐに駆けつけるというギィの昨今のライフスタイルの所産だったのかもしれない。ともかくフットワークの軽さが彼の目下の身上だった。  しかし修理自

高田大介「星見たちの密書 エディシオン・クリティーク」#002

2章 18世紀のテレグラフ 苦難に満ちた来仏初日から一晩あけて、修理はあてがわれた客用寝室から寝ぼけ眼を擦って階下のサロンに降りていった。そちらではコーヒーの香りが馥郁と漂っていた。修理の実家では母が紅茶党だったので、コーヒーで始まる朝という感覚そのものが新鮮だ。ドアノー家の女性陣御三方が遅めの朝食をとっていたのである。 「おはよう、シュリ」日本語の挨拶はマルゴからのものだ。「疲れはとれた?」  マルゴは修理の父、算哲の先妻で、当然ながら少なからず日本語で意思疎通が出来た。も

高田大介新連載!「星見たちの密書 エディシオン・クリティーク」#001

「図書館の魔女」シリーズの高田大介さんによる待望の新連載がスタート! フランスの古都トゥールを訪れた 20歳の悩める数学徒・嵯峨野修理。 史学科の大学院生・ギィを相棒に、 ルネッサンス期の謎を解き明かす旅へ。 ハーレーに跨り、いざ出発! 1章 トゥール郊外に座礁する この手紙が投函されるのはもう少し後のこととなる。  嵯峨野修理はその夜フランス中部のトゥール郊外の県道で、実際「遭難」していた。  遭難の道連れは今日の夕方に初めて会ったばかりの青年、ギィ・ドリュイエだった。ギ

感涙のフィナーレ! 朝倉かすみ「よむよむかたる」#012(最終回)

ついに公開読書会当日。亡きマンマへの想いを胸に、読む会の面々は晴れ舞台で言葉を紡ぐ。感涙のフィナーレ! ▼第1話を無料公開中! 7 おぅい、おぅい 奇跡だな。なんと全員集合だ。安田はマスクの内側でつぶやいた。前にも言ったような気がするのだが、思い出せない。でもそんなことはどうでもよくて、とセットアップのジャケットの裾を後方に撥ね上げ腰に手をあてる。いつもより口数の少ない読む会メンバーを見渡し、改めてほっとした。ここ一か月バタバタしていて集合時間の最終確認を忘れたのだ。よか

【4夜連続公開】朝倉かすみ「よむよむかたる」#011

ついに完成した記念冊子に胸をときめかせる一同。そんな中、読書会を急遽欠席したマンマの息子から電話がかかってきた。 ▼第1話を無料公開中! 6 一瞬、微かに さもありなん。安田の頭にひょいと浮かんだフレーズだ。さもありなん、さもありなん。それが繰り返されている。手持ちの語彙のひとつではあったが、使ったことは一度もなかった。なのにさっきから脳内にバーゲンセールの販促ポップみたいにべたべたと貼られていく。  九月二日金曜日。例会の最中である。ふた月振りというのに空気が重い。まる

【4夜連続公開】朝倉かすみ「よむよむかたる」#010

まちゃえさん夫妻の息子・明典に、かつて何が起きたのか。美智留は彼と過ごした青春時代について語り始めた。 ▼第1話を無料公開中!  マンマがそうしたように、安田は拳を突き上げてみせた。口角を思い切り上げて拍手する美智留と視線を合わせたまま、その手を下ろし、胸にあてがう。「控えめに言って」と前置きし、 「こころが震えた」  と目を細めた。同じ目をしてうなずく美智留に浅い笑いを返して言う。 「六月に読んだ課題本の文章がパワポみたいに浮き上がってきた。ぼくはこぼしさまの国の番人を